大石神ピラミッドを訪ねた後、いよいよキリストの墓に。この墓のことは随分前から知っていた。気になっていたものの、遠い世界のことのようで、まさか、実際にその地を訪れる日が来るとは思っていなかったので、感慨一入。
2枚目、紫露草(ムラサキツユクサ)が入口で迎えてくれた。3枚目、墓に向かう途中の坂道から、のどかな緑の戸来(へらい)の景色を眺めた。昔、本で読んだ記憶では、戸来村というのは「ヘブライ」からきているというものだった。
5枚目の十字架が見えた時には、ああ、本当に来たんだと興奮すると同時に、厳かな気持になった。6枚目、階段を上って見た十字架。
7枚目はキリストの弟、イスキリの墓と言われている。奥に小さく写っているのが、5〜6枚目のキリストの墓。
8枚目の十字架はイスキリの墓で、この右手に写っている石碑は、何と、2004年にイスラエル東部のエルサレム市から「友好の証」として寄贈されたもの。この石碑を挟んでふたつの十字架が立っている。
9枚目のイスキリの墓の向こうに白い教会のような建物。教会かと思ったが、伝承館だった。ここに写っている人達は全員、東洋人ではない外国からの旅行客。意外で驚いた。
伝承館にもゆっくりと立ち寄って帰る時、何と早くも蝉を見つけてびっくり。最後は接骨木・庭常(ニワトコ)だろうか。びっしりと赤い実がついていた。
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磔刑で亡くなったキリストは、実は生き延び、結婚し、この地で106歳の天寿を全うされたと伝わっている。古文書からこの墓が発見されたとのこと。
この地では、子供を初めて野外に出す時、額に墨で十字を書く。ダビデの星を代々家紋とする家がある。そして、「ナニャドヤラー、ナニャドナサレノ……」という意味不明の節回しの祭唄が伝えられていて、これはユダヤの軍歌と解釈すれば意味が通るとか。その解釈は、「ナーニャード・ヤラヨウ(汝の聖名を讃えん)、ナーナャード・ナアサアレ・ダハアデ・サーエ(汝は賊を討伐したまい)、ナーニャード・ヤラヨ(汝の聖名を讃えん)」で、旋律もユダヤの唄にそっくりだとか。
他にも色々とあるものの、この歌はインドのサンスクリット語であるとする説など、いくつかある。
ともかく、ロマン溢れる墓には違いない。
毎年、6月の第1日曜日に、この「キリストの里公園」で「キリスト祭」が開催され、墓の前で「ナニャドヤラー」に合わせて盆踊りを踊る。
神主による祝詞(のりと)から始まり、玉串奉奠(たまぐしほうてん)などが行われて盆踊りに。終わると、飲み物を手に「アーメン」と口々に唱えて乾杯と言うのだから、何と平和なことかと思ってしまう。
新郷村のミステリーは、かなり面白い。十字架の下で眠っているのはロシア人ではという説も。