平等院、宇治上神社の後は、中国の留学から戻った道元が道場として開創したという曹洞宗永平寺派の寺、興聖寺(こうしょうじ)へ。
1〜2枚目、朝霧橋東詰にあるもので、源氏物語54帖の中の第51帖、「浮舟」で、匂宮が浮舟を小船に乗せて宇治川の対岸へ連れ出す場面を描いているとか。「源氏物語」54帖のうちの最後の10帖は「宇治10帖」で、このあたりがその舞台になる。「宇治10帖」は光源氏死後の物語。
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3〜4枚目、宇治川。
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5枚目、興聖寺への琴坂と呼ばれる緩やかな上り坂。秋は楓(カエデ)の紅葉がみごととか。
6枚目、境内の入口、竜宮門。江戸時代に改築された明朝の建築様式を取り入れた竜宮造り。DSCF9126_RDSCF9127_R








7枚目、門を入ってすぐ左手の鐘楼。
8枚目、鐘楼と山門手前に写っている朱色の六角堂は、秋葉三尺坊大権現という鎮守社。DSCF9132_RDSCF9141_R








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本堂は伏見城の遺材を使って造られたものとのことで、11枚目の天井には伏見城落城時の血染めの縁材が使われている。いわゆる血天井。
血天井と言えば、京都では、養源院、源光庵、宝泉院、正伝寺が有名。興聖寺は初めて知ったけれど、いつしかこの5カ所をすべてまわっている。ぼんやりしたものから、はっきりと手や足の血の跡が残っているものと様々。踏んでは供養にならないと天井にしたものだけれど、凄まじい歴史の証だ。DSCF9139











DSCF9145_RDSCF9146_Rまた宇治川沿いに沿って歩き、宇治駅へと戻った。