2019年05月
1〜3枚目、ガテマラ原産のペリカン花。学名をアリストロキア グランディフロラ。メキシコから中央アメリカ、西インド諸島に分布。
3枚目が開花している花だけれど、1〜2枚目のつぼみの形からペリカンという名前がついたのではないかと想像したものの、花弁に見える萼が変形した部分がペリカン鳥の口に似ていることからついたとか。花の先端から1メートル以上の長い長い紐状のものが垂れている。奇っ怪な植物。
つぼみは私の頭より大きいかもしれない。そんなつぼみなので、花は30�僂曚匹△蟲霏隋�



4枚目、コロンビア産の長葉大団扇(ナガバオオウチワ)。何と美しい巨大な葉だろう。
5枚目、中国産のチグリディオパルマ マグニフィカ f.ナガオイと書いてあったものの、ネットで探しても見当たらない。さて、この名前なのかどうか。葉が綺麗だと思って撮った。
6枚目、南アフリカ原産の牛の舌(ウシノシタ)。葉っぱは1枚。これが牛の舌に喩えられているのだろう。薄紫色の花は、ご覧のように葉に比べてやけに小さい。



7〜8枚目、タイ原産のバウヒニア アウレイフォリア。
この葉っぱには魅了された。ネットで花を見たけれど、目立たない花で、私にとってはこの葉の方が観賞のし甲斐がある。

3枚目が開花している花だけれど、1〜2枚目のつぼみの形からペリカンという名前がついたのではないかと想像したものの、花弁に見える萼が変形した部分がペリカン鳥の口に似ていることからついたとか。花の先端から1メートル以上の長い長い紐状のものが垂れている。奇っ怪な植物。
つぼみは私の頭より大きいかもしれない。そんなつぼみなので、花は30�僂曚匹△蟲霏隋�



4枚目、コロンビア産の長葉大団扇(ナガバオオウチワ)。何と美しい巨大な葉だろう。
5枚目、中国産のチグリディオパルマ マグニフィカ f.ナガオイと書いてあったものの、ネットで探しても見当たらない。さて、この名前なのかどうか。葉が綺麗だと思って撮った。
6枚目、南アフリカ原産の牛の舌(ウシノシタ)。葉っぱは1枚。これが牛の舌に喩えられているのだろう。薄紫色の花は、ご覧のように葉に比べてやけに小さい。



7〜8枚目、タイ原産のバウヒニア アウレイフォリア。
この葉っぱには魅了された。ネットで花を見たけれど、目立たない花で、私にとってはこの葉の方が観賞のし甲斐がある。

京都府立植物園の温室は、いつもとても楽しい。
1〜2枚目、ディコリサンドラ ペンデュリフロウ。ツユクサ科らしいけれど、形は似ても似つかぬ大型で、葉は茗荷(ジンジャー)にも似ている。


3〜4枚目、タッカ シャントリエリ。東南アジア原産のタシロイモ科の植物。
黒い花はとても奇妙。「バットフラワー」、「デビルフラワー」、「 ブラックキャット」などと言う呼び方もある。
こんな花には興味がある。花の時期に出会うと嬉しい。


5枚目、紅紐の木(ベニヒモノキ)。
6枚目、アフェランドラ・シンクライリアナ。原産地、コスタリア、パナマ、ニカラグア。キツネノゴマ科。
オレンジ色の苞の間で、ピンクの筒状の花が少し咲いていた。


7枚目、フィリピン原産、メディニラ マグニフィカ。ノボタン科。
8枚目、メディニラ ”火の鳥”。園芸品種(交配などによって作られたもの)。

1〜2枚目、ディコリサンドラ ペンデュリフロウ。ツユクサ科らしいけれど、形は似ても似つかぬ大型で、葉は茗荷(ジンジャー)にも似ている。


3〜4枚目、タッカ シャントリエリ。東南アジア原産のタシロイモ科の植物。
黒い花はとても奇妙。「バットフラワー」、「デビルフラワー」、「 ブラックキャット」などと言う呼び方もある。
こんな花には興味がある。花の時期に出会うと嬉しい。


5枚目、紅紐の木(ベニヒモノキ)。
6枚目、アフェランドラ・シンクライリアナ。原産地、コスタリア、パナマ、ニカラグア。キツネノゴマ科。
オレンジ色の苞の間で、ピンクの筒状の花が少し咲いていた。


7枚目、フィリピン原産、メディニラ マグニフィカ。ノボタン科。
8枚目、メディニラ ”火の鳥”。園芸品種(交配などによって作られたもの)。

1枚目、京都最後の日、ねねの道を通って、二寧坂、産寧坂を過ぎ、八坂の塔に。ここは人気の場所なので、観光客が大勢だった。京都駅に向かうのに通っただけ。
2〜3枚目、八坂の塔の撮影スポット近くのみごとな松。ここの人は観光客が煩くて辟易しているだろう。
ちなみに、八坂の塔の正式名は法観寺。
4〜6枚目、八坂の塔近くの八坂庚申堂(やさかこうしんどう)。日本三大庚申のひとつで、日本最古の庚申堂。
カラフルなお手玉のようなものが一杯に吊されている。この奉納されているのは「くくり猿」。
くくり猿とは、手足をくくられて動けなくなった猿の姿のお守り。くくり猿に願いを込めて欲をひとつ我慢すると、願いを叶えてくれるらしい。
奉納された「くくり猿」はカラフルで目立つ。足を向ける若い人達も多い。
そこから道を間違って遠回りして花見小路へ抜け、京都駅へ。この花見小路は人だらけで写真を写す気にもならず、足元だけを1枚パチリ。
京都、滋賀の風景はやっと終わり、植物があと少しだけ。






2〜3枚目、八坂の塔の撮影スポット近くのみごとな松。ここの人は観光客が煩くて辟易しているだろう。
ちなみに、八坂の塔の正式名は法観寺。
4〜6枚目、八坂の塔近くの八坂庚申堂(やさかこうしんどう)。日本三大庚申のひとつで、日本最古の庚申堂。
カラフルなお手玉のようなものが一杯に吊されている。この奉納されているのは「くくり猿」。
くくり猿とは、手足をくくられて動けなくなった猿の姿のお守り。くくり猿に願いを込めて欲をひとつ我慢すると、願いを叶えてくれるらしい。
奉納された「くくり猿」はカラフルで目立つ。足を向ける若い人達も多い。
そこから道を間違って遠回りして花見小路へ抜け、京都駅へ。この花見小路は人だらけで写真を写す気にもならず、足元だけを1枚パチリ。
京都、滋賀の風景はやっと終わり、植物があと少しだけ。






1枚目、知恩院三門。高さ24メートル、巾50メートルの三門は、屋根瓦約7万枚使われているというので驚く。
特別公開の時、姉とこの門の楼上を拝見したことがある。これだけの門なので、上部は広い仏堂で、中央の宝冠釈迦牟尼仏像が金色に輝いていた。脇壇の十六羅漢像、天井や柱、壁などには極彩色の迦陵頻伽(かりょうびんが)や天女、飛龍が描かれていて、何でもすぐに忘れてしまう私でさえも、まだ覚えている。
2枚目、三門をくぐって石段を上ったところから三門を見下ろして。中央に着物の女性が立っていた。




次の4枚は、三門を上って右手にある友禅苑。
友禅染の始祖、宮崎友禅生誕300年を記念して、昭和29年に改修造園されたものとか。
ここには入ったことがなかったので入ってみた。
東山の湧き水を引き入れた庭園と枯山水の庭園とで構成されている。
緑の樹木の向こうに見えるのは三門。




御影堂は撮影禁止。入口に睡蓮が咲いていた。
以下3枚は方丈庭園に出て。




最後の3枚は、御影堂修復工事で、長く拝観停止されていた権現堂。今年3月から再開だったのでは。
知恩院の大伽藍を築いた徳川家康・秀忠・家光三代の霊をまつる廟宇。
権現堂惣門の白塀と緑が美しかった。方丈庭園に出ると拝観できる


特別公開の時、姉とこの門の楼上を拝見したことがある。これだけの門なので、上部は広い仏堂で、中央の宝冠釈迦牟尼仏像が金色に輝いていた。脇壇の十六羅漢像、天井や柱、壁などには極彩色の迦陵頻伽(かりょうびんが)や天女、飛龍が描かれていて、何でもすぐに忘れてしまう私でさえも、まだ覚えている。
2枚目、三門をくぐって石段を上ったところから三門を見下ろして。中央に着物の女性が立っていた。




次の4枚は、三門を上って右手にある友禅苑。
友禅染の始祖、宮崎友禅生誕300年を記念して、昭和29年に改修造園されたものとか。
ここには入ったことがなかったので入ってみた。
東山の湧き水を引き入れた庭園と枯山水の庭園とで構成されている。
緑の樹木の向こうに見えるのは三門。




御影堂は撮影禁止。入口に睡蓮が咲いていた。
以下3枚は方丈庭園に出て。




最後の3枚は、御影堂修復工事で、長く拝観停止されていた権現堂。今年3月から再開だったのでは。
知恩院の大伽藍を築いた徳川家康・秀忠・家光三代の霊をまつる廟宇。
権現堂惣門の白塀と緑が美しかった。方丈庭園に出ると拝観できる


紫式部が源氏物語を練ったところとか、書いたところと言われている石山寺。
1枚目、鎌倉時代に頼朝によって寄進され、焼失を繰り返して淀君によって修理されたとされている入母屋造の東大門。
〜3枚目、門の両側は、運慶、湛慶作と言われている仁王像。
4〜5枚目、門を入ると緑が広がっていた。







8〜13枚目は本堂。ここに二間続きの部屋もあり、紫式部が籠って源氏物語を起筆したと言われ、源氏の間と呼ばれている。






14〜17枚目、この多宝塔は頼朝に寄進されて建立されたと言われている。




石山寺は花の寺とも呼ばれている。まだ藤の花が咲いていた。


ここ石山を発祥とする東レによって寄進された「光堂」。鎌倉時代に現存したという光堂を復興したもので、本堂と同じ懸造(かけづくり)。
最後は、そのすぐそばに広がる源氏苑で紫式部の銅像。



1枚目、鎌倉時代に頼朝によって寄進され、焼失を繰り返して淀君によって修理されたとされている入母屋造の東大門。
〜3枚目、門の両側は、運慶、湛慶作と言われている仁王像。
4〜5枚目、門を入ると緑が広がっていた。







8〜13枚目は本堂。ここに二間続きの部屋もあり、紫式部が籠って源氏物語を起筆したと言われ、源氏の間と呼ばれている。






14〜17枚目、この多宝塔は頼朝に寄進されて建立されたと言われている。




石山寺は花の寺とも呼ばれている。まだ藤の花が咲いていた。


ここ石山を発祥とする東レによって寄進された「光堂」。鎌倉時代に現存したという光堂を復興したもので、本堂と同じ懸造(かけづくり)。
最後は、そのすぐそばに広がる源氏苑で紫式部の銅像。



比叡山延暦寺は18日〜20日に載せた。西塔地域と東塔地域だけを見て横川地域は今回はまわらず、ケーブル延暦寺駅から、2025メートルの日本一長いケーブルカーに乗って、終点坂本駅へ11分。全国3800余りの日吉、日枝、山王神社の総本山である日吉大社へ向かった。
1〜2枚目、重要文化財の大宮橋。まずは美しすぎる緑にパワーを戴いた。
3枚目、神仏習合の信仰を表すという変わった「合掌鳥居」。4枚目、西本宮楼門。
5〜6枚目、西本宮本殿。
あまりにもたくさん建物があり、似通っているだけに、正しい名称を記す自信がなく、7〜10枚目は名前なしで。
最後は東本宮受付に近い二宮橋。ここの緑も清々しかった。
次は電車で石山寺へ向かった。











1〜2枚目、重要文化財の大宮橋。まずは美しすぎる緑にパワーを戴いた。
3枚目、神仏習合の信仰を表すという変わった「合掌鳥居」。4枚目、西本宮楼門。
5〜6枚目、西本宮本殿。
あまりにもたくさん建物があり、似通っているだけに、正しい名称を記す自信がなく、7〜10枚目は名前なしで。
最後は東本宮受付に近い二宮橋。ここの緑も清々しかった。
次は電車で石山寺へ向かった。











平等院、宇治上神社の後は、中国の留学から戻った道元が道場として開創したという曹洞宗永平寺派の寺、興聖寺(こうしょうじ)へ。
1〜2枚目、朝霧橋東詰にあるもので、源氏物語54帖の中の第51帖、「浮舟」で、匂宮が浮舟を小船に乗せて宇治川の対岸へ連れ出す場面を描いているとか。「源氏物語」54帖のうちの最後の10帖は「宇治10帖」で、このあたりがその舞台になる。「宇治10帖」は光源氏死後の物語。


3〜4枚目、宇治川。


5枚目、興聖寺への琴坂と呼ばれる緩やかな上り坂。秋は楓(カエデ)の紅葉がみごととか。
6枚目、境内の入口、竜宮門。江戸時代に改築された明朝の建築様式を取り入れた竜宮造り。

7枚目、門を入ってすぐ左手の鐘楼。
8枚目、鐘楼と山門手前に写っている朱色の六角堂は、秋葉三尺坊大権現という鎮守社。



本堂は伏見城の遺材を使って造られたものとのことで、11枚目の天井には伏見城落城時の血染めの縁材が使われている。いわゆる血天井。
血天井と言えば、京都では、養源院、源光庵、宝泉院、正伝寺が有名。興聖寺は初めて知ったけれど、いつしかこの5カ所をすべてまわっている。ぼんやりしたものから、はっきりと手や足の血の跡が残っているものと様々。踏んでは供養にならないと天井にしたものだけれど、凄まじい歴史の証だ。

また宇治川沿いに沿って歩き、宇治駅へと戻った。
1〜2枚目、朝霧橋東詰にあるもので、源氏物語54帖の中の第51帖、「浮舟」で、匂宮が浮舟を小船に乗せて宇治川の対岸へ連れ出す場面を描いているとか。「源氏物語」54帖のうちの最後の10帖は「宇治10帖」で、このあたりがその舞台になる。「宇治10帖」は光源氏死後の物語。


3〜4枚目、宇治川。


5枚目、興聖寺への琴坂と呼ばれる緩やかな上り坂。秋は楓(カエデ)の紅葉がみごととか。
6枚目、境内の入口、竜宮門。江戸時代に改築された明朝の建築様式を取り入れた竜宮造り。


7枚目、門を入ってすぐ左手の鐘楼。
8枚目、鐘楼と山門手前に写っている朱色の六角堂は、秋葉三尺坊大権現という鎮守社。




本堂は伏見城の遺材を使って造られたものとのことで、11枚目の天井には伏見城落城時の血染めの縁材が使われている。いわゆる血天井。
血天井と言えば、京都では、養源院、源光庵、宝泉院、正伝寺が有名。興聖寺は初めて知ったけれど、いつしかこの5カ所をすべてまわっている。ぼんやりしたものから、はっきりと手や足の血の跡が残っているものと様々。踏んでは供養にならないと天井にしたものだけれど、凄まじい歴史の証だ。


また宇治川沿いに沿って歩き、宇治駅へと戻った。
1枚目、JR宇治駅の前には、宇治茶の名産地だけあって、茶壺のポスト。
平等院鳳凰堂に行った後、2〜4枚目、宇治橋を通って、5枚目以降、平等院と同じ世界文化遺産の宇治上神社へ。
平等院の鎮守社として信仰を集めてきたとか。
平安時代後期につくられた本殿は、現存する日本最古の神社建築らしく、本殿、拝殿ともに国宝。
しかし、神社はどこも質素で仏像もないので、罰当たりとは思うけれど(笑)、ちょっともの足りない。それでも貴重な世界遺産。建築や歴史に興味がある人にはこたえられないのだろう。
大好きな唐種招霊(カラタマオガタマ)も満開で、いかにも神社に似合いの花だと思った。今年はあちこちでこの花に出会える。
1昨年はこの木を姉のバースティに贈った。庭に植えてくれている。









平等院鳳凰堂に行った後、2〜4枚目、宇治橋を通って、5枚目以降、平等院と同じ世界文化遺産の宇治上神社へ。
平等院の鎮守社として信仰を集めてきたとか。
平安時代後期につくられた本殿は、現存する日本最古の神社建築らしく、本殿、拝殿ともに国宝。
しかし、神社はどこも質素で仏像もないので、罰当たりとは思うけれど(笑)、ちょっともの足りない。それでも貴重な世界遺産。建築や歴史に興味がある人にはこたえられないのだろう。
大好きな唐種招霊(カラタマオガタマ)も満開で、いかにも神社に似合いの花だと思った。今年はあちこちでこの花に出会える。
1昨年はこの木を姉のバースティに贈った。庭に植えてくれている。









西塔からバスで東塔の方に戻り、1枚目、大講堂。
2枚目、清海鎮大使張保皐碑のまわりも桜。
3〜5枚目、文殊楼。楼の上に文殊菩薩がまつられているらしい。上がれるのだけれど、私は高所恐怖症。4枚目のような恐ろしい急階段なので、見上げただけで上れなかった。修学旅行生が「何もない」などと言っているので、「上れるよ」と教えると、いっせいに歓声を上げて上り始めた。元気なもの(笑)。
国宝の根本中堂は大改修中で、中には入れたけれど、写真はなく、改修後の次の楽しみにしておこう。





***** 石段を見上げると、阿弥陀堂の屋根がちらりと見えた。


***** 上の石段を上りきると、左手に法華総持院東塔、正面に阿弥陀堂が見えた。ここも新緑とピンクの桜。




2枚目、清海鎮大使張保皐碑のまわりも桜。
3〜5枚目、文殊楼。楼の上に文殊菩薩がまつられているらしい。上がれるのだけれど、私は高所恐怖症。4枚目のような恐ろしい急階段なので、見上げただけで上れなかった。修学旅行生が「何もない」などと言っているので、「上れるよ」と教えると、いっせいに歓声を上げて上り始めた。元気なもの(笑)。
国宝の根本中堂は大改修中で、中には入れたけれど、写真はなく、改修後の次の楽しみにしておこう。





***** 石段を見上げると、阿弥陀堂の屋根がちらりと見えた。


***** 上の石段を上りきると、左手に法華総持院東塔、正面に阿弥陀堂が見えた。ここも新緑とピンクの桜。




土砂崩れの工事中で、昨日の浄土院の後、1枚目、行者道を進んでいくことに。
山道には白い花がたくさん散っていた。桜ではなく、何の花だろうと思った。
2〜3枚目、椿堂。4〜5枚目、にない堂。6〜7枚目、釈迦堂。8〜9枚目、箕淵弁財天(みのぶちべんざいてん)。10〜11枚目、バスセンターの桜。

***** 椿堂のまわりには、ちょうど藪椿が咲いていた。


***** にない堂と盛りの八重桜


***** 比叡山で一番古い建物、釈迦堂。


***** パンフレットには載っていない箕淵弁財天(みのぶちべんざいてん)。スッと引き込まれる。


***** 行者道を引き返す気力はなく、近くのバス停から戻ろうとすると、桜満開のバスセンターだった。

山道には白い花がたくさん散っていた。桜ではなく、何の花だろうと思った。
2〜3枚目、椿堂。4〜5枚目、にない堂。6〜7枚目、釈迦堂。8〜9枚目、箕淵弁財天(みのぶちべんざいてん)。10〜11枚目、バスセンターの桜。

***** 椿堂のまわりには、ちょうど藪椿が咲いていた。


***** にない堂と盛りの八重桜


***** 比叡山で一番古い建物、釈迦堂。


***** パンフレットには載っていない箕淵弁財天(みのぶちべんざいてん)。スッと引き込まれる。


***** 行者道を引き返す気力はなく、近くのバス停から戻ろうとすると、桜満開のバスセンターだった。

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