「藍川京」の部屋

女流作家「藍川京」の日記と、作品を紹介するブログです

2010年02月

冬季オリンピック始まる

c27b9e18.jpg6日、京都北野天満宮の大雪の中の紅梅。
数年前、同人誌の友達とここを訪れたのを思い出して歩いていた。その時も今回も蝋梅が咲いていた。
北野天満宮を出て上七軒の花街を歩き、千本釈迦堂へ。それから西陣会館へ。そこを出たときは大雪で歩くのも大変。ホテルに退散となった。
焼き増しした5日の文芸家クラブのパーティや唐津の写真を大方送り、仕事もできる状態に。何とかなるだろうけれど、油断していると焦るので、開催になった冬季オリンピックもたまに見ながら頑張ろう。

寂光院雪景色

3769bb19.jpg7日の寂光院本堂。汀の池は、本堂やや左下に写っている窪んだところ。
途中からタクシーでここまで来たけれど、運転手さんが寂光院に着く前に、八瀬の蒸し風呂にもまわって下さった。
壬申の乱のとき、大海人皇子(後の天武天皇)が矢背(八瀬)の里で背に矢傷を負ったとき、里人が皇子のために「かま風呂」を築いて傷を癒したといわれている。八瀬のかま風呂は、丸い形をした日本式蒸し風呂の原型。江戸時代には十数基あったらしいけれど、現在は復元されたものが一基残っているのみ。見学できるものの、だいぶ痛んできているので、いつなくなるかわからないようだ。貴重な遺構なので、中も覗いてきた。運転手さんが、懐中電灯で中を照らして下さった。
まだ雑用は残っているけれど、何とか短編開始。
そうそう、何と11日の夕方4時に開いた時計草が、2回の夜を過ごし、まだ開き続けている。ただただ驚いている。すでに44時間以上!

寂光院 汀の池

8ab954b7.jpg7日、寂光院本堂前の「汀の池」。
こんなに凄い雪だった。
白一色の雪景色の中、南天の紅い実と緑の葉に魅せられた。
こんなときに行けて、本当にラッキー。
午後からはどんどん溶け出したので、翌日はこんな景色は見られなかっただろうし、前日は大雪が降っていて、これまた写真を写すのは難しかっただろう。
建礼門院徳子の生きていた時代は、約千年も前のこと。もっと雪は多かったはずだ。冬の生活は大変だったと思う。

寂光院への石段

02b6e6b2.jpg7日、寂光院への石段は、この通り。雪の京都、雪の大原を見るのは夢だったので、嬉しかった。
今回の旅は過密スケジュール。大変だったけれど得るものも多く、ボチボチとブログに書いていきたい。
大原はまず寂光院。それから、宝泉院に。いつも節分の時には宝泉院の住職の藤井さんが節分豆とお札を送って下さる。旅立つ直前に届き、藤井さんがいらしたのでお礼を言った。
次に、大原でいちばん好きな実光院へ。蝋梅(ろうばい)はまだつぼみだった。寒い土地だというのがわかる。不断桜(ふだんざくら)は少し咲いていた。そして、三千院をまわった。
昨日は結局、雑用で終わったので、今日こそ仕事。

恐るべし、時計草

cb0d2eab.jpg何と、昨日の夕方4時から3つめの時計草が開き始めた。
薄緑のつぼみから、わずかに紫色が覗いていたけれど、夜になって開くとは思っていなかった。けれど、我が子の成長を見守るような感覚だろうか。いつも観察していたので、これから開花とわかり、またカメラを持って張りついた。
今回は5日のように、花びらが開くとき、音はしなかった。音のするときとしないときがあるのだと判明。百合が音を立てて一気に開いたのも見たけれど、百合も音をたてずに開くことが多いのかもしれない。蓮もポンと音を立てて開くと言うけれど、それぞれ違うだろう。蓮は1時間ぐらいかけてゆっくりと開くので、音はたてないと思うようになっていたけれど、時計草の開く音を聞いてから、どんな花も音をたてて開くことがあるのかもしれないと思うようになった。今年の夏は早朝から蓮に張りついて、開花の音を聞いてみたい。
昨日の夕方4時から、すでに20時間以上経ったのに、時計草は咲き続けていて、しぼむ気配がない。夜に咲き出して寿命が短くて可哀相と思って眺めていたら、夜中の1時も明け方の4時にも咲いていたので、暗闇の中でも……と、驚いていた。私が起きる頃には確実にしぼんでいると思っていたのに、正午を過ぎてもきれい。たいてい半日から1日の寿命で夜にはしぼんでしまうはずだけれど、種類によっては2〜4日、開花している時計草もあるとか。うちの時計草は長くても1日でしぼむ種類のはずなのに、不思議で仕方がない。花も人間同様、枠からはみ出した個性あるものも存在するのだろう。

雑用多し

bec30f91.jpg今回の、やっちゃいましたシリーズは、大原寂光院近くで「大原女(おはらめ)」。私の前に顔を突っ込んで、みんなに写真を撮られていた男性は最高傑作だった。
今朝は3時まで雑用をしていたけれど終わらず、就寝。
デスクの上は大変な有様になっている。片づけて旅行に出たのに、帰宅するとたくさんの郵便物や本が届いていて、それを分類して載せると惨憺たることに。片っ端から手紙を書いたり礼状を書いたりしたものの、まだまだ終わらない。
というわけで、写真も取ってきたけれど、パソコンに取り入れる時間がなく、まずはお笑いの1枚で、後は明日以降に。これから、まずは仕事を。

時計草がお出迎え

6cb0cb6e.jpgハードスケジュールで博多から帰宅すると、何と、次の時計草が開いていた。
この写真は5日のもの。旅先からブログに載せたいとケイタイで撮っていったもの。
カメラの写真は明日の仕上がり。
6日の京都は大雪で、昨日の佐賀と福岡は24度の夏のような暑さで、Tシャツ1枚。温度差20度以上で凄かった。
帰宅すると手紙と献本の山。
2時間以上かけて整理中。
旅から戻るといつもこう。
返事や礼状が大変だ。今日中には無理。

時計草開花

3c79b9cc.jpg5日、京都に経つ日、11時40分に時計草が少しほころび、行く前に咲いてくれるのだと嬉しかった。
旅行の準備もしていないのに、開くところを見ないでいられるはずもなく、カメラを手に張りついた。何と、シュッと音を立てて、最初の花びらが開花。時計草が開くときの音を聞いた人はあまりいないだろう。私も知らなかった。ラッキー。そして、感激。
10分間で5枚の花びらが1枚ずつ開花して完了。
真冬に時計草が咲いてくれた。毎日話しかけていて、「いるときに咲いてね」と言っていたので、ちゃんと聞いてくれたよう。

京都大雪

b9d29047.jpg昨日の京都は大雪。
ケイタイで北野天満宮を。真っ白。ぼけていると思うけれど。
こんな大雪の京都は珍しいとか。
夜はぼたん鍋で有名な「畑かく」さんで、ぼたん鍋。さすがに美味しかった。
今から雪景色を期待して大原に。
夜は博多へ。
次のブログは10日に帰ってから。

今日から

fe424735.jpg昨日の睦月影郎氏の母上の通夜で、母上のお顔を拝見させていただいたけれど、笑顔の綺麗なお顔だった。睦月さんは官能作家として大活躍。母上は幸せだったと思う。睦月さんは気丈に振る舞っていたのだろうけれど、意外と元気そうでホッとした。そこを出て、編集者と作家仲間が、横浜でちょっと呑んでいこうなり、すぐに帰るつもりの私が案内役に。ときどき使う「菜な」に行き、話が弾み、私も10時までとなった。
今日は6時から東京で文芸家クラブのパーティ。どうしても顔を出さないといけないので、それに出て、その足で、まずは京都。京都着が10時過ぎになりそう。
後日、博多に泊まり、知り合いの見舞いと話し相手に佐賀の唐津に泊まり、急遽、博多1泊をつけ足して10日の夜に帰宅予定。慌ただしいスケジュール。
旅先でのブログは大変なので、10日夜までお休みになったらすみません。
では、後ろ姿で行ってきます。

満作(マンサク)

079863c4.jpg北鎌倉、明月院の満作(マンサク)。1月11日、すでに3週間以上前のもの。花開くのが早いような気がするけれど。
いつ見ても奇妙な花。

「蜜色のときめき」

7f754a28.jpg「蜜色のときめき」、明日5日発売の徳間文庫。
去年「問題小説」に「褄紅」と題して連載したもの。題が変わって発売に。田中修一郎さんが表紙に描いて下さった蝶が、沖縄の褄紅蝶(つまべにちょう)。褄紅蝶が描かれていて嬉しかった。
大好きな作品。大人の物語なので、読んでもらいたい1冊。後ろに、これまでの私の200冊(アンソロジー80冊を含む)の出版リストも載っている。
先週木曜の夜から危篤状態だった睦月影郎氏の母上が昨日亡くなられ、今日は6時から藤沢の湘和会堂にて通夜。明日は文芸家クラブのパーティがあるし、その後、私は京都に発つし、告別式は無理かもしれないので、今夜の通夜に。先週から危篤がわかっていたので、私も毎日、落ち着かなかった。その間中、仕事を熱心に片づけていた睦月さんは凄い。だいぶ疲れていると思うけれど。
昨日は整体の日でよかった。お腹が空かず、朝はお湯をグラス半分飲んだだけで、夜まで飲み食い一切しなかった。浦野先生に「全部壊れている」と言われ、大当たりと思った。やっと夜中の11時に、初めておかゆ。今日は少し食べられる。通夜に出られるようでよかった。

頭痛

cd9ff8c6.jpg先月、北鎌倉の円覚寺奥、黄梅院の入口で咲いていた玉椿。
今朝は起き上がると頭痛が酷くて、鎮痛剤を飲んで横になっていた。やっとよくなってきて起きたところ。体温が低く、そのせいだろうか。風邪かなと体温を測ったら35.3度だった。風邪でないことにほっとしたものの、低体温がよくないのはわかっている。今、35.5度になり、3時間経って鎮痛剤が効いてきたのか頭痛も治まり、やれやれと起きてきた。
午後から整体。その前に昨日完成した原稿を読み直して出し、大物の洗濯などもして、明後日の旅行の準備もしなければ。5泊でホテル4軒を点々とするので、全部の荷物を持ち歩いたら大変。3日目か4日目に泊まるところに着替えを送ったりしておき、手荷物を軽くする予定。京都から博多、唐津、博多となった。

神代杉の帯

3bd9e3c8.jpg鎌倉駅の近くで風船唐綿(フウセントウワタ)の実。いつ見ても面白い。この実は熟すると裂けて、白い絹糸のような毛をつけた種子が出てくる。すでに落ちそうな種があったので、ふたついただいてきた。今年はベランダで栽培してみる予定。
昨夜の大雪にははしゃいだ。部屋の中でだけれど……。ついに横浜にも降ったと。しかも綿飴を千切ったような大きな雪が舞い、下に降るのではなく、上に横へと流れ、真っ白い世界が現れ、ランドマークタワーもすっかり消えた。あっと言う間に銀世界になったものの、今朝はほとんど溶けてしまい、ちょっと残念。外に出ないでいいから、呑気なことを言っていられるわけだけれど。
さて、昨日は買い物ついでに、ちょっとデパートの催しもの会場を覗き、思いがけない買い物をしてしまった。見慣れない帯だと思って眺めていると話しかけられ、最終日と言われ、ついに買ってしまった。
何と、神代杉を繊維にして織り込んだ帯で、こんなものは初めて見たし、神代杉が織り込まれているというだけで、もの凄いパワーと魅力を感じてしまった。
神代杉とは、太古の樹木(杉)が、火山噴火活動などで地中や湖沼に埋まり、腐敗することなく時を越えて掘り出されたもの。1000年どころか、2000年も2500年年も前の杉なのだ。
この繊維を緯糸として織り上げたというから凄い。上品で重みもある色で、軽い。
たくさん神代杉が使ってあるものは、もちろん品物はいいものの、似た雰囲気の帯を持っているし、少ししか神代杉が使ってない方を選んだ。おしゃれだ。
また買ってしまったと思ったものの、この帯は手に入れられて嬉しい。私は前世、神代杉だったことがあっということにして、呼ばれたことにしよう(笑)。

早くも2月

f910cb28.jpg26日、鎌倉、長谷の光則寺で熊四手(クマシデ)の実。一見、蓑虫のような感じだけれど。
写真の枯れ落ちそうな実の付け根から、すでに新芽が伸びているのを発見。
昨日は久々に20枚書いた。
何やかやと慌ただしく、ともかく、急いで仕事をしなければという状況。
今日で終わらなくても、明日は短編仕上げなければ。予定より20枚遅れ。
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