「藍川京」の部屋

女流作家「藍川京」の日記と、作品を紹介するブログです

長崎 ハウステンボスで迎えた朝 1

相撲、昨日は負傷している稀勢の里が勝つのは無理だと思っていたら優勝。凄い精神力だ。感動した。ただ、無理を押しての出場に、負傷からの回復に時間がかかるのではと心配。早く回復しますように。
今朝、成田空港は雪で真っ白。桜の季節に春の雪。ここは春の雨。

1枚目、ハウステンボス内のホテルで迎えた朝、窓から眺めた日の出。よく早起きできたもの。
私はバイキング形式の食事は面倒で嫌いだけれど、このホテルの朝食のバイキングはとても種類が多くて感心した。目の前でフルーツを絞って出してくれたりも。このジュースは大人気だった。
まだ入園者の少ない時間、チューリップとヨーロッパの建物に囲まれて歩くと心地よかった。
最後の写真、園内のお店の一角で、可愛いピンクの蛇の目エリカも満開だった。
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長崎 ハウステンボス 赤とピンクと黄色のチューリップ

DSCF6326_Rハウステンボスのチューリッップは山ほどあったけれど、我が家のチューリップは終わっても球根そのままのほったらかし状態なので、今年は2本伸びているだけ。
人によって相性のいい植物と、そうでないものがあるようだとわかるようになった。
相性がいいと元気に育ち、どんどん増え、相性が悪いと、どう頑張って育ててみても消えてしまう。不思議とグリーンネックスは育たない。過去に2回買ったのに消えてしまった。育て方は簡単だと思うのだけれど……。

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長崎 ハウステンボス 白とピンクのチューリップ

ハウステンボスの100万本のチューリップは色も様々。
チョコレート色なども好きだけれど、今日のようなおとなしい感じで植えられたものも落ち着く。背景の白い建物としっくり合っていることもあるだろう。
染井吉野の開花宣言はあったものの、寒い。自分の体がおかしいのかと思って温度を確かめてみたりすることも。外に出ると、まだ冬のコートの人達。安心した。
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長崎 ハウステンボス 夜景 4

4日間も載せてしまった世界一という光の世界は今日まで。写真の腕が悪いし、全部のイルミネーションは見なかったので、一部でしかない。
寒い日だったので、余計に空気が澄んで綺麗だったのだろう。
光の王国は年間を通してやっているのではないので、ご覧になりたい方はご注意を。
私は人工の光より自然が好きだけれど、テンボスのイルミネーションはなかなかのものだった。
昨日はデビュー作が出て丸28年で、今日から29年目。錆びついてきた頭で何とかぼつぼつ書いている。未だに仕事があるのはありがたいというより、私のような者がモノカキの端くれとはと、今も奇跡のように思っている。
昨夜というか、今朝は2時半まではサッカーを見てしまい、勝ってバンザイだったのに、起きると頭痛だった(笑)。治ってきたのでやれやれ。
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長崎 ハウステンボス 夜景 3

ハウステンボスの観覧車も色彩を変えながらまわり、観覧車から眺める地上の光も素晴らしいらしい。恋人や新婚さんにはたまらないだろう。
運河も鏡になってイルミネーションを映していた。
昨日のWBCアメリカ戦、1−2で負けしまった。悔しいなあ。でも、よくやったと思う。おおいに沸かせてくれた。ありがとう。
久々に横浜イングリッシュガーデンに行ってみると、何種もの桜が咲き始めていた。染井吉野はまだ数えるほどしか咲いていなかったけれど、ガーデンは明るくなり、また春が迎えられたと嬉しかった。人生、いつ何があるかわからない。いつまでも春を迎えられるとは限らない。最近はそんなことをよく思うようになった。
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長崎 ハウステンボス 夜景 2

昨日に続き、ハウステンボスの光の世界。
歩いても歩いても光の世界は続いていた。
昨日、東京も寒かったのに、染井吉野の開花宣言。日本でいちぱん早かっただろうか。長持ちしてくれるといいけれど。
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長崎 ハウステンボス 夜景 1

ハウステンボスの夜はイルミネーションが素晴らしい。1300万球を使った「光の王国」は規模も世界一。
今日の写真は「光の滝」。テンボスでいちばん高い88メートルのシンボルタワー「ドムトールン」の66メートルあたりから光の滝が流れ落ちているのだから迫力満点。
人々は流れ落ちる滝の先に広がる幻想的な青い広場の道を歩いて行く。。
こんなに凄いとは思わず、夕食後はホテルでテレビでも見ながら、ぼっと過ごそうかと思っていたものの、外に出て正解。
明日も明後日も、世界一の光の楽園を載せてみたい。
ここ3日ほど暖かかったけれど、今日は冷えて風も出てくるとか。気温はまだ上がったり下がったり。
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長崎 ハウステンボス チューリップに囲まれて

今日は春分の日。昼と夜の長さがほぼ同じ。太陽は真東から出て、真西に沈む。早起きは苦手なので日の出は見られなかったけれど、日没は見たい。ここから見ると富士山のやや西側に沈むようになった。太陽の沈む位置が富士山を過ぎ、東側から西側になったのはつい最近。ちょうど富士山の真上に沈んでいる時に撮りたかったけれど、その時間になると、連日、厚い雲が掛かったので残念。
DSCF6325_RDSCF6323_Rハウステンボスの園内はチューリップだらけ。
先日もニュースで100万本と言っていたので、みごと。
これはテンボスのほぼ中央になるのか、アムステルダムシティで。
チューリップの中に椅子とテーブルが置いてあるので、そこに座った子供や恋人を撮影している人が多かった。

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長崎 地上80メートルからのハウステンボス

ハウステンボスで一番高いシンボルタワー「ドムトールン」(1枚目)の上から撮ったテンボス内のヨーロッパをイメージした建物。
塔の上から360度展望できるので、カラフルで綺麗。ともかく広い。
昨日は暖かく、春そのものだった。
この季節、2〜3日歩かないでいると、一気に花が咲いているのに気づいて驚く。
マンションの真っ白い雪柳。買い物に行く途中の諸葛菜(ショカッサイ)。花韮(ハナニラ)もたくさん咲いている。白木蓮(ハクモクレン)も満開。
ハウステンボス内のホテルに泊まった翌日が、1日のブログに載せたように、白木蓮の開花日だったのを思い出した。
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長崎佐世保 ハウステンボス

ハウステンボスの敷地はデイズニーランドの1.5倍。入園して、敷地内にあるホテルに向かったものの、なかなか着かない。ともかく広い。今日の写真はホテルに着くまでの間に写したもの。1枚目が園内で一番高い地上80メートルのドムトールン。この展望室からの写真は明日にでも。
最後の2枚が泊まった室内。広くてゆったり。案内してくれたボーイさんは、身長が高いヨーロッパの人だったような。
ハウステンボスとは、オランダの町並を再現したもの。テーマはヨーロッパ全体とか。
昨夜のニュースで、たまたまテンボスのことをやっていた。今は100万本のチューリップが植えてあるとか。私が行った時もたくさん植えてあったけれど、係の人が何人かで、鉢植えのチューリップをどんどん地植えしているところだった。4月一杯見頃とか。
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佐賀 志田焼きの里博物館

佐賀県鹿島市の祐徳稲荷神社に詣った後、嬉野市の「志田焼の里博物館」に寄った。
大正3年から昭和59年にかけて使われていた焼き物工場が残されている。志田焼1700年頃から、この地区で始まったらしい。
1枚目、博物館の敷地に咲いていた可愛いイヌノフグリ。2枚目、梅。うまく撮れなかったけれど、今日の写真に花がないと淋しいなと。
3〜4枚目、今は使われていない石炭窯。かなり大きく、人が何人も入れるし、天井も高かった。今、ここでは轆轤体験や絵付け体験などができる。
この後、初めて嬉野温泉に泊まった。なかなかいい湯質だった。
嬉野温泉に1泊して、最後に長崎佐世保のハウステンボスへ向かった。明日からはハウステンボスの写真。
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佐賀県鹿島市 祐徳稲荷神社

昨夜の野球、イスラエル戦、また大差で勝った。野球が面白い。

佐賀県鹿島市の祐徳稲荷神社は、日本三大稲荷のひとつ。
朱いたくさんの鳥居をくぐり、さらに石段を登って奥の院まで行ったので、途中の階段、何百段あったやら。どれだけ歩けばいいのだと、想像と違って唖然とし、誰もいないと思って、「てっぺんはまだか〜」と言ったら、近くに人がいて、「もう少しですよ」と言われ、赤面。
最後から2枚目が奥の院。この後方、もう少し登って、そこでもお詣り。最後は奥の院当たりから眺めた景色。遠く、有明海が望めた。
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佐賀県 ブーゲンハウス嬉野

昨夜のWBCキューバ戦も日本勝利。やはり勝つと面白い。展開も前回に引き続き、なかなかのものだった。

島原を発つと、佐賀県嬉野温泉に宿泊。
宿から近い「ブーゲンハウス嬉野」に寄ってみた。元気な年配者のグループが楽しんでいた。
ビニールハウスの中の休息室に用意されたコーヒーやお茶は無料提供されている。入場料は大人600円。あちこちに割引券が置いてあると思うので、それを使うと450円なる。私は宿のフロントに置かれていたものを使ったので450円。
ここ2〜3日の暗い写真から一変して明るくなった。
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長崎 仁田峠/普賢岳 平成新山

普賢岳の平成新山の見える仁田峠は、標高が高いこともあり、とても寒かった。
これからミヤマキリシマが咲き誇り、一面、ピンク色に染まるのだろう。そんな時期にも見てみたい。
秋の紅葉も、絵はがきを見ると、息を呑むほど見事。今回は寒々しい景色で残念。
今日は関東も冷えて、東京も雪が降る可能性もあるとか。寒さはこたえる。
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長崎 島原 (普賢岳)土石流被災家屋保存公園

昨夜の日本対オランダの野球。勝って終わるかと思ったら同点に。結局、零時頃までかかって勝利。面白すぎた。ついつい見てしまった。

DSCF6134_RDSCF6135_Rみずなし本陣の道の駅横に、普賢岳の土石流被災家屋保存公園がある。
普賢岳の198年ぶりの噴火は平成2年11月。翌3年6月3日には死者40人を出す大惨事になった。それから数年、土石流、火砕流の被害に苦しめられた。
最後の写真の向こうに見えるのが普賢岳。こんな遠くまで土石流は押しと寄せたのかと驚く。わずかに屋根を残すのみで土砂に埋もれた家々が痛々しい。
大地震や大津波、噴火に伴う災害など、人の力ではどうしようもない自然のエネルギーに言葉もない。
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長崎 島原 涅槃像

島原のパンフレットを見て、ぜひ江東寺の涅槃像も見たいと思った。
江東寺の門の前で、またも猫ちゃんが現れ、まとわりつくので、ひととき楽しく遊んで、中に入った。
雲仙地獄でも猫ちゃんが出てきてくれたし、不思議だった。1〜3枚まで門前。
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涅槃像は、板倉重昌と松倉重政の霊を供養するために建立されたものとか。
8.1メートルの鉄筋コンクリート造りの涅槃像としては日本最大らしい。足の裏に大法輪の相(仏足石)が刻まれている。これが刻まれたのも最初だそう。
頭部は、信者による写経1万巻が納められているというのだから凄い。台座は歴代住職の納骨堂とのこと。
涅槃像の左手には島原の藩主となり、島原城を築いた松倉重政と、島原の乱鎮圧に派遣されたものの戦死した板倉重昌の墓碑も。
重政は島原城築城のためなど重税で人々を苦しめ、相当、キリシタンを弾圧している。彼の急死の後、後を継いだ息子の勝家は、父以上に冷酷な人物で、島原の乱は、この父と子が原因となって、キリシタンだけでなく、重税に苦しめられた農民達も一緒になって決起している。当時の圧政の酷さに衝撃を受けるのみ。
無慈悲な人でも、死ねばみんな仏だろうか。ここには書けないほど酷い仕打ちをした人でもあり、私には納得いかないけれど。
勝家は島原の乱の後、咎められ、江戸で切腹ではなく、斬首となっている。弟の重利は会津に預けられて自害している。江戸幕府260年ほどの間で、切腹ではなく打ち首にされた殿様は、勝家ただひとりだ。勝家が身のまわりのことをさせていた小姓の権兵衛は、松倉家に代々使えていたというだけで、江戸まで同行したあげく、勝家の処刑翌日に斬首され、もうひとりの小姓は流罪になっている。権兵衛達が気の毒でならない。
以下の写真、門を入ってすぐ右手の鐘楼。涅槃像。松倉重政と板倉重昌の墓碑。
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長崎 島原 四明荘

東日本大震災より6年目。
地震と津波だけなら、死者の数が変わらなくても、復興はもっと早かっただろうに、安心だと言われていた原発の事故があったために、未だに住んでいた土地に戻れない人達が大勢いる。6年経っても、まだ危険で住めない土地が残っているのだ。それなのに、原発を続けようとする人達がいて、神経が理解できない。
原発で使い終わった高レベル放射性廃棄物が、元のウラン鉱石と同じレベルにまで低下するには10万年もの歳月を必要とすると言われている。いかに地下深く埋めても、10万年、そこが現在と同じく保たれるなどと、本当に考えているのだろうか。地球は生きている。日々動いている。まして、10万年の間には、どんな変化が起きるかわからない。原発を推進するなど愚かなことだ。
DSCF6088_RDSCF6096_R今日の写真は島原の四明荘。湧き水を利用して作られた住宅庭園。
お茶を戴きながら縁側から鯉の泳ぐ姿をのんびりと眺めていると、喧噪とした世界とは違う時間が過ぎていく。
蕗の薹(ふきのとう)もたくさん出ていた。杉苔の緑も綺麗だった。
この自然が愚かな人の手によって壊されませんように。

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長崎 島原 武家屋敷跡

島原城近くの武家屋敷。無料で何軒も公開されている。
ちょうど雛祭り前で、どこにもお雛様が飾られていた。
左右の屋敷の中央に水路が流れ、独特の雰囲気。島原が湧水の町とは知らなかった。
水路では今にも流れに触れるほどの所に、ピンク色の可愛い姫蔓蕎麦(ヒメツルソバ)も咲いていた。
弾圧されたキリシタンと弾圧した側と、哀しい歴史を持つ島原に、他の土地を歩く時のような弾んだ気持ちにはなれず、過去に思いを馳せた。
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長崎 島原城

雲仙から、翌日、島原へ。
島原城の天守閣から下を眺め、5〜6枚目の古野梅園の梅の色に魅せられ、その梅園に向かい、そこから島原城を撮ってみた。
島原城にはマリア観音像や天草四郎の画像など、島原の乱のにまつわる多くの資料が展示されていて、とても感慨深かった。
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長崎 雲仙地獄 3

長崎の雲仙地獄内。
宿に戻ろうとしたら、尻尾を立てながら猫ちゃんが出てきて、こんなところに……とぴっくり。
猫がいればご機嫌の私。まとわりつく猫ちゃんと、ひととき遊んだ。
だいぶ長く遊んだので、もう行くよ、と言って離れると、最初はついてきていた猫ちゃんも、ようやく諦めてくれた。
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長崎 雲仙地獄 2

昨日に続き、高温の噴気や熱水温泉が噴出している雲仙地獄。
歩いていて遠くに十字架が見えた時は、胸が熱くなった。
以下、説明文より。
『キリシタンが厳しい弾圧を受けていたころ、幕府は改宗を迫る手段として、 温泉の熱湯をかけるというひどい仕打ちを行っていました。
寛永4年(1627年)からの7年間にこの地で殉教していった者は33名といわれています。
この地獄を見下ろす丘の上に建っている十字架は、今なお殉教の信徒をたたえています。 (現地案内板)』

『沸々とたぎり轟々と噴騰する硫黄地獄、1627年から5年間ここで行われた “雲仙地獄の殉教”は早くから海外にまで知られて人々の胸をゆすぶった。 或は硫黄涌き立つ湯壺に投せられ、または全身に熱湯を注がれながら屈せず、 信仰に殉じたもの数十名。 “身体を殺して霊魂を害し得ないものを恐れるな”との聖訓を奉し、 神への忠誠と霊魂の尊厳とを重んじて、 拷問と死とに打ち克った聖なる殉教者たちの誉れは永くここに留まる。 1961年11月5日 カトリック長崎大司教区 (キリシタン殉教記念碑)』

『十字架の下には1627年2月28日に殉教した16名、同5月17日に殉教した10名の名前が刻まれています。 その右側の石・キリシタン殉教記念碑の下には、 1628年12月25日にこの地で殉教した1名の名前と、 ここで拷問を受け、その後 1632年9月3日に長崎で火刑により殉教した5名の名前が刻まれています。 現在、ここに名前が刻まれている殉教者は32名です。』
DSCF5974_RDSCF5975_R十字架の手前に「真知子岩」。
昭和29年に「君の名は」のロケが雲仙で行われた時、中井貴一氏の父、佐田啓二と岸恵子が雲仙を訪れ、 この真知子岩は、ヒロインの岸恵子さんが手をついた岩とか。 番組冒頭で使われた有名な言葉が刻まれている。
今の若い世代の「君の名は」はどんなものか、人気アニメらしいけれど私は知らない。

DSCF5963_RDSCF5966_RDSCF5967_Rこの夜、殉教したキリシタン達が近くにいるようで、なかなか寝つかれなかった。それでも、恐怖心などは一切感じず、いかに当時のキリシタン達が高潔でまっすぐに神を信じていたかを考えるばかりだった。
遠藤周作の名作「沈黙」を思い浮かべた。最近宣伝していた映画の「沈黙」は見ることができない。若い時にずいぶんに当時のことは読み、その残虐さをまっすぐに見つめることができないから。まして、画像でなど。
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長崎 雲仙地獄 1

九州に生まれていながら、初めて足を運んだ長崎の雲仙。泊まった宿から近い雲仙地獄に、チェックインの後、すぐに向かった。
大叫喚、お糸地獄など30余りの地獄があり、噴気孔から水蒸気が噴き上がっている。 ここは江戸時代、キリシタン達が殺された殉教の地。ああ、ここか……と感慨深かった。
ここでは『1個食べたら、1年長生き。2個食べたら2年長生き。3個食べたら死ぬまで長生き』と言われている温泉卵をひとつ買った。小さいのは1個70円というのでそれを買ったら、100円のと同じように大きかった。戴いたのが4時過ぎで、これひとつで少食の私の夕飯には影響してしまった。
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千々石の棚田

棚田展望台。
佐賀の武雄神社から雲仙温泉に向かう途中の、 雲仙市千々石町(ちぢわちょう)の棚田。
日本棚田百選に選定されている石積みの棚田とのことで、春からの景色は見事だろう。まだ裸の田んぼで残念。
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佐賀県 武雄神社 樹齢3千年の大楠

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S0195893_RS0145853_R武雄神社の1枚目の御神木の鳥居をくぐり、2枚目の道を進むと、3〜4枚目の竹林。
その奥に、日本で6番目の大きさという、この神社の御神木、樹齢3千年と言われている大楠が現れる。
幹の周り 20m 。高さ 30m。木の根元の空洞は12畳とか。圧巻。
これから春になると、、もっと青々とした葉を茂らせるのだろう。
1時間ほど、ここにいた。空気が澄みきっていた。
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佐賀 武雄神社 夫婦檜

2月25日、久留米から佐賀県の武雄(たけお)市に移動。
ニュースでもずいぶんやっていた有名な武雄図書館にも入ってみたけれど、内部の写真は写せないので残念。
「スターバックスコーヒー」も入っていて、コーヒーを飲みながら本を読んでいる人で一杯だった。
図書館のすぐ近くに武雄神社があり、私の目的は図書館もだけれど、神社の樹齢3千年の大楠だった。
大楠に行きつく前に、夫婦檜(めおとひのき)と呼ばれる「むすびの檜」があった。2本の檜の間から垂れているのはたくさんの鈴で作られたもの。何と言うのだろう。
雑用ばかりで仕事ができない。大楠は明日に。
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福岡県 久留米つばき園

DSCF5711_R24日午後、元同人誌仲間の友達が久留米在住なので、久留米駅で待っていてくれた。
久留米つばき園に行きたいと思っていたので、この機会にと出かけたものの、筑後草野駅に降りたら、「えええっ?」とふたりで唸ってしまった。無人駅。駅のまわりが淋しすぎる。
バス停はわかったものの、あと1時間しないと来ないとわかり、20分近く歩くしかないと思った時に、駅まで客を乗せてきたタクシーがあり、それに乗れてラッキーということに。
ところが、降りると公園。入場料がいると思っていたのに。
1枚目、タマメリカーナ。2枚目、桃仙寺(とうせんじ)、3枚目からは、ついていた名札と実際の名前が違う気がしたので、また調べてから。3枚目、ジーン・クレアと書いてあったものの、違うのではと思ったし……。
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3ヘクタールもある敷地に約500品種、2000本のツバキと、他にツツジなども。
この日は下の緋寒桜(ヒカンザクラ)も咲き始めようとしていた。
帰りは、むろん、タクシーもバスもなく、歩いて駅へ。あっという間に夜になってしまった。
次に機会があればだけれど、その近くの「久留米市世界のつばき館」にも行きたいもの。
友達とは珍道中だった。互いに足だけは丈夫で何より。
最後の大きい写真、ピンボケ気味だけれど、薔薇のような椿「雲珠(うず)」。
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長崎の佐世保 ハウステンボス

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最後はハウステンボス内のホテルに宿泊。
27日は咲いていなかった下段枚目の白木蓮が昨日は咲いていて、泊まったからこそ見られた変化。今年初めて見た白木蓮はこれになった。
花の少ない時期だけれど、チューリップだけはたくさん植えてあった。
昨夜の帰宅が遅かったので、またボツボツと。あちこちとまわってきた。
旅の後は数日は慌ただしそう。
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夕焼け

DSCF5695_RDSCF5709_R1枚目、ベランダからの夕焼け。黒と赤の対比。毎日眺めてしまう夕暮れ景色。
2枚目は1週間前の富士山。日の入りが限りなく富士山に近づいてきた。
今頃、富士山を通過して、もっと東になっているかもしれない。
今夜、長崎より福岡を経由して帰宅予定。今日で2月も終わり。

キューバオレガノ

ほんの1センチばかり摘んだキューバオレガノひとつを、ある会場で講演していた方に、そこに展示してあったものから戴いて、もう何年になるだろう。3〜4年だろうか。
それをまずは水栽培。根が出て来たところで土に植え、2〜3センチになると上を摘んで横に植え……と、繰り返して、今ではこんなに立派になった。実は、もう1鉢ある。入りきれなくてひと鉢増えた。
そっと触れればかぐわしい香りが漂う。アロマテラピーに使われるくらいなので癒される香り。
パイナップル同様、これも忍耐強く育てたなあと満足。ただ、油断しないようにしなければ。
九州4日目。
今日はどこに行こうか。
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浦島草の実

ベランダで育った去年の浦島草の実。ちょっといびつになってしまったけれど。
今年の雌株は何本だろう。すでに1本、芽を出している。
どんどん鉢を大きくしているけれど、増えるばかり。

さて、今日の雲仙、どこをまわることになるだろう。
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多肉植物 麗虹玉

今日は福岡の久留米から佐賀の武雄に。さらに長崎の雲仙へ移動予定。

リトープスの麗虹玉(れいこうぎょく)。
去年5月にに買ってきたもの。今月、子供が現れた。成長が楽しみ。多肉植物は面白い。はまってしまいそう。
大きい写真でわかるだろうか。手前の子供の奥から、もうひとつ、出てきそう。
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