「藍川京」の部屋

女流作家「藍川京」の日記と、作品を紹介するブログです

笑顔

a319179e.jpg京都大徳寺塔頭、大仙院の尾関宗園和尚と。
春だったと思う。今年ではないけれど。
うん……? 服からして秋か……?

大仙院は、かの有名な沢庵和尚が七代目住職を勤めたところ。
大仙院の一筆箋に沙羅(夏椿)と、枯山水のバックに椿の入ったものがあり、どちらも好きな花なので買ったところ、和尚さんがいるからサインしてもらうといいと信徒さんに言われた。
すぐに宗園和尚登場。
私が買った一筆線に「禅」「沙羅」という書が入っていて、それを書かれた人だ。
写真のように笑顔の素敵な方で場が和む。
今、私のデスクに置いて、ときおり眺めては和尚さんを真似て手を合わせる。
暗いことがあっても笑顔の人を見ると心が和んで笑みが洩れるのがいい。
早く京都に行きたいなあ。
それには、仕事をさっさと片付けるしかないけれど。

在りし日の見沢知廉

bb7136be.jpg東京會舘での文芸家協会のパーティで見沢知廉と。
もっといい写真があったはずだけれど……。
私の知る限り、いつ会ってもホストクラブの男といっていいマスクと服装だった。そういえばラフな格好をしている彼を覚えていない。
12年の拘禁生活で精神的な障害がいろいろ出ていたので、それから立ち上がれなかった(回復しなかった)のかもしれない。
体調が悪いとは以前から言っていたので、行きつけの新宿のカイロプラクティックを紹介したこともある。何回目かの予約のとき、突然倒れたから行けずに、以後、そのままになっていると言っていた。

世間知らずだったけれど素直で、どんなにきついことを言っても耳を傾けるところがあった。
私は手紙に記念切手しか使わない。彼も切手マニアで、必ず記念切手を貼ってきた。
お金がないと言いながらハガキに80円の記念切手を貼ってきたとき、お金がないならこんな贅沢はするなと私は怒った。たった30円のことだけれど……。
こんなことになるならもう少しやさしくしてやればよかったと思うけれど、それで事態が変わったとは思えないし。
指を切断したと書いてきた手紙も、あまりにも字が下手で、それを手にした日はいくら読もうとしてもついに読めなかった。しばらくして読み返して初めてわかった。それほど字が下手で、読むのが大変だった。もう一度挑んでも全文読めるかどうかわからないけれど、落ち着いたらぼつぼつと読み返してみようと思う。

母上と弟さんと彼女の今の心中を思うと溜息ばかり。
お馬鹿さんだな……。
葬儀に出たいと思ったけれど家族だけでというのをインターネットで見つけ、お香典だけにした。もう一度会いたかったけれど……。

気を取り直して、私はまたせっせと仕事をしなければ。
来週中に東スポ5カ月連載の冒頭を出さなければならないのに、まだ何を書くか決めていないし、内心、やや不安になっている。

見沢知廉死去

c81c5a75.jpg見沢知廉が亡くなった。
昨日の夕方マンションから投身自殺したらしい。
はっきりしたことはわからないけれど、どうもそうらしい。
今日になって睦月影郎氏が知らせてくれ、未遂ならいいけれどと思ったけれど、2度目の連絡では亡くなったらしいとのこと。
インターネットで調べて、昨日の5時半ごろ飛び降りたらしいとわかった。
「酷いこと書くなあ、僕は生きてますよ」と連絡してくれたら嬉しいけれど……。
まだ46歳。早すぎる。

「天皇ごっこ」が出てから10年。
以後出た「獄の息子は発狂寸前」「囚人狂時代」には下手な字で藍川京様とサインしてある。
彼の字はどうしようもなく下手で、手紙を読むのも大変だった。
かつて私が所属していた「現代文芸」という全国規模の同人誌にも入っていたことがある。
同じ文芸家クラブ、文芸家協会の会員でもあり、そのパーティでも顔を合わせた。
ホストクラブに行けばもてるような端正な顔立ち。
意外とお酒は一滴も飲めなかった。
私の本名は彼の母親と同じ名前だ。
そのこともあり、よく説教した私を、母親か姉のようだと手紙に書いてきたことがあった。
実の弟を亡くした気がする。
「一度死んだら生き返れないんだよ。バカだね」
彼の写真に言ってやったけれど、いろいろ辛かったのはわかる気がする。発作的だったのではないか。
パニック障害で私もそういう気分になったことがあるので、それなら仕方ないとしか言えないけれど……。
見沢知廉はいつも笑っていた。
だから笑顔しか思い出せない。
それがよけい哀しい。

令夫人

7aa6e359.jpg幻冬舎アウトロー文庫の「令夫人」が7刷になったとの嬉しい知らせ。
頭に来るようなワルが出てきて、自分で書いていながら腹が立つのだけど、最後は私なりの救いが。
まだ読んでいない人はよろしく。
とはいえ、在庫がなくなったから刷るわけで、今は見つけにくいかしら……?
SMが入ってます。

台風は直撃ではないのに、このあたりの風も強く、おおよそベランダの植木は部屋に入れたのに、大丈夫と思っていた這い松の植木が割れて粉々。
まだ外に出られる状態だったので、すぐに全部片付けたけれど、油断大敵だなあ。
強風のときは、もう植木を置くのはよしたほうがいいかな? と思うのだけど、風がなくなると、またあれこれ植物が欲しくなってしまう。
今はホトトギスの開花が楽しみ。
白薔薇もまた咲きそう。
鷺草は開花中。数日でしぼむかと思っていたのに、もう10日。
以外と長持ちするのに驚いている。まだしばらく咲いていそう。

明智伝鬼氏追悼式

d3e75fa5.jpg写真は嵐山で撮った仙人草。
蔓性で白い可愛い花をたくさんつける。
けれど有毒とか。根っこだろうか……?

7月17日に64歳で亡くなられた明智伝鬼氏の追悼式は、3時半より新宿の厚生年金会館で行われた。
無宗教葬。
普通は焼香のかわりに花を手向けるのが一般的だけれど、みんな20センチほどの細い麻縄を花の代わりに渡され、それを結んで手向けるという意表をついたものだった。
有名な緊縛師にふさわしい手向けの縄だったと思う。考えた人は凄い。
参列者の数はよくわからなかったけれど、200〜300人だっただろうか。
弔辞は発起人のひとりの団鬼六氏、高須基仁氏など。
本当にいつもやさしい笑みをたたえて、物静かな口調の人だった。
明智氏に真心を持って緊縛された女性達は、だいぶ泣いただろうなと思った。
偉大な人が彼岸にどんどん旅立っていき、あちらはさぞ賑やかなことだろう。

緊縛師の有末剛氏も参列されていて、久々の再開に感激。
デビュー間もない頃、有末師のビデオの脚本を2本書いたことがある。
明智氏が亡くなられた日、明智氏の代わりに夜のスケジュールをこなしたと有末氏。そのときはまだ、明智氏の死は知らされていなかったとか。

団鬼六氏に誘われ、沢登みよじ女史、西蓮寺祐女史、団さん担当の筑摩書房の編集者F女史、謎の団さん介添人(笑)、有末氏、三和出版の松本氏と喫茶店に。
団氏は病院を抜け出してきているのがわかり、お酒を呑ませないように監視。

それから、女性5人は団氏に「黒鳥の湖」に連れて行ってもらった。
今や「はとバス」コースにまで入っている人気の店だ。
そこで店の子に、昨日も団氏が来たと言われ、アゼン。
昨日も病院を抜け出したらしい。団さんらしいけれど……。

ニューハーフに、女性、男性入り乱れての華麗なショー。凄いエネルギーだ。プロはこうあるべきだと感心した。
店に入ったときは、団さんにアルコールはいけないのをすっかり忘れていていた。小姑のようにチョコチョコ注意。
お印程度しか口にされずにホッとした。
店を出てから、まだどこか行きたそうだったので「ゴールデン街はダメですよ」と言ったけれど……。
あとは筑摩書房のF女史にお任せ。

明智伝鬼氏の緊縛の偉業を忍んだ後、団氏と話し、緊縛氏の有末剛氏とも話していると、いいSM小説を書きたいなあとムズムズした。
ただの性愛小説も書きたいし、ユーモアも書きたいし、あれこれ書くには健康で長生きするしかないけれど……。

台風14号

1e5715e2.jpg先日から2回載せている伏見稲荷神社のニャンコ。
これでおしまい。

今、外がやけに賑やかなのでベランダから見てみると、平沼神社の祭りなので御輿が出ている。
昨日と一昨日顔を出したので、今日は上から失礼することにした。
さっきはお祭りの寄付のお礼にと、丁寧に紅白饅頭を持ってきてくれた。
後で食べるのだ!

アメリカに甚大な被害をもたらしたハリケーン「カトリーナ」より大きいという台風14号が来ているのだから、被害がどうなるのか心配なところ。
やけにのろいらしいし。

昨日から今日にかけての関東の豪雨も凄かった。
荻窪には合計15年は住んでいたと思うので気になって、ついついテレビを朝の3時半まで見てしまった。
こんな時だというのにNHKがテロップしか流さず、3時のニュースまで待ってしまったというわけ。
水没した道、床上浸水……。
災害だらけの日本というより地球。
選挙が近いというのに、災害に遭った人は選挙どころではなくなったかな。
ここの窓は大丈夫かと今から心配。
今どきは雨戸などないのだから。

風と水は恐い。
私は竜巻に遭って身の危険を感じたこともあるし、博多の都ホテルに泊まっていたときは、台風ではなく大雨だったと思うけれど、道路に車が浮いて、地下駐車場が完全に水没し、一時外に出られなくなった。あのときの水の勢いは凄かった。一気に嵩が増した。
水に流されて地下に消えたネコの姿が今も焼きついて離れない。
できるだけ被害が少ないように祈るのみ。

あれこれと

0a346d3e.jpg祥伝社文庫「蜜の惑い」は短編集。
再版の見本が届いたから、お知らせ。初版は去年。
ややコミカルな官能が入ってます。疲れなくていいかも。

今日は近くの平沼神社のお祭り。
顔を出してお参りして、寿司屋さんに入って帰ってきたけど、何だか1日、いろいろやったなあ。仕事のことだけど。
双葉文庫のアンソロの原稿93枚をメールで送って、廣済堂のアンソロのゲラを見て宅急便で出して、東スポのエッセイを書いてメールで送って、3つの仕事をやったのだ!

双葉文庫は80枚ぐらいということだったけど、読み直して削るつもりがよけい長くなって。まあ、長すぎると言われたら、数枚なら何とか削るけど。
廣済堂の短編は、よくこんなものが書けるよと自分に言いたいぐらい、いい加減。
こんな酷い(エッチな)医者がいるかァ??? という感じ。まあ、おとぎ話だからいいかというところ。
東スポ(九スポ、大スポ、中京スポ)エッセイは、今回が最後。
次から毎日の連載になるからね。何だか淋しい感じ。早く連載を終えて、またエッセイを書きたいよ。

休む間もなく、明日からは新聞連載の構想を練って書き始めないと。
光陰矢のごとし。
は〜〜〜。

やれやれ

3e3fd2ac.jpg見川鯛山氏の最後の本「見川鯛山、これにて断筆」が送られてきた。
すぐに夢中になって読んだ。
鯛山氏の「山医者のちょっとは薬になる話」と、鯛山氏を知っている高久多美男氏の「鯛山センセイの生き方」の2冊が箱カバーに入って1冊になったもの。
鯛山氏のこれまでのことが詳しくわかり、ますます好きになり、お元気なときに1度でいいからお会いしたかったと、また思った。
鯛山氏と知り合いに、「鯛山氏の家に行きましょうね」と言われていて、それを今から楽しみにしている。

カマキリは、強者にベランダの外に放してもらい、やっと安心できるようになった。できるだけ遠くに飛んでいってほしい。風があったので24階から放したら、ずいぶん遠くに飛べたと思うけれど……。
さあ、今日も原稿、頑張ろう。

わ〜勘弁

ce8e36c8.jpg昨日と同じ伏見稲荷のニャンコ。

昨日は20枚書いて、作品のラストになってやっと乗ってきた私。
私は書き出しがノロノロで、ラストで枚数が足りなくなるタイプ。
続きが読みたい、と何回か言われたことがある。
あとは自分で想像して下さいまし、と言うしかない……。
長編でも、まだ続きが書けそうなものが何冊もあるけれど、なかなか手がまわらない。
幻冬舎の「人形の家」シリーズの5冊目はいつ出るんですか、と言われたり。
祥伝社の「蜜シリーズ」の鞍馬郷介はどうなってるんですか、と言われたり。
まあ、忘れられたころに出るかもしれませんので……。

ベランダの植木の水やりをしていたら、フジバカマの植木で虫を発見。
バッタかなと思ったら、ナナナント、私の大大大大大嫌いなカマキリ。
ゾォッ〜〜〜〜。
勘弁してよ。
よりによって24階にどうしてカマキリなの……。
千葉の17階に住んでいたときも大きなカマキリがやってきて、私はベランダに出られなくなり、いなくなるまでの数日間、網戸越しに水鉄砲で植木に水やりをしていた日々があった。
それほど嫌いなのに。
今回、「箸で抓んで捨てたら?」と言われ、それだけで全身に鳥肌が立ってしまった。
ほんと、勘弁してよ。

9月だ〜

bc4e943f.jpg京都伏見稲荷のネコチャン。
明日もこのネコを。

残暑が厳しいようで、今日の横浜は31度になるとか。
外は白っぽくて空気が濁っているようで景色が悪い。
澄んだ空気にならないと富士山が見えない。
8月は台風11号の翌日にしか見えなかったのでは。

昨日は30枚どころか、十数枚しか書けなかった。
いろいろやることが多かったので。
何をやっていたのか……。
今日は20枚は書けると思うけれど……。

先日、双葉文庫3刷「爛漫花」の見本が届いたけれど、今の時代は少々とぼけた小説が癒しになるのかな。
とぼけてエッチな小説は笑えて興奮できます……と思いますが。

鷺草(1)

0f8ad7bc.jpg鷺草を初めて買ってきて、いよいよ開き始めるときは嬉しくて写真に撮ったけれど、親指の先ほど小さいのでなかなかうまくいかない。
23日に蕾がふくらんできて白いものが見えたとき、いよいよかと、毎日何度も眺めることになった。
長いペロのようなものが伸びてきたのは面白かった。
一体これは何?

昨日は久々に20枚書いて、体調も戻ったよう。
どんどん書けるときと、なかなか進まないときと、その繰り返し。
書けるときは3〜4日根を詰めて、一気にやらないと、その後、また書けないときが来るのだから。
今日は30枚書けたら最高だけど。

鷺草(2)

0251af6d.jpg25日ごろの鷺草。
蕾の白いものがますますたくさん見えてきて、今度こそ開きはじめるなと期待させてくれた。
上を向いていたペロのような長いものが下に伸び出し、これまた不思議。

鷺草(3)

9c8c2741.jpg27日夕方ごろに開き、28日、完全に舞っている鷺の姿になった。
今は2輪咲いている。
こんな花の形を見ていると不思議でならない。
なかなか奇妙で美しい。
来年は株を増やしてもっとたくさん咲かせたい。

8月も明日まで

b4addc95.jpgひゃ〜、あっという間に今月も終わりそう。
睦月影郎氏の筆力は驚異的で、彼のHPのカゲロー日記を読むと、いつも書きまくっているのがわかる。
それに比べ、私は書けたり進まなかったり。
体力の差もあるんでしょうけど、なぜか雑用が多いのです……。
ただいま10月刊の双葉文庫のアンソロジー80枚の執筆中。
早く終わりたいよ〜。

写真は28日の見川鯛山氏の葬儀の後、和食、洋食、デザートの果物、ケーキなどの並べられた精進落としの席のコーナーの一角に設けられていたもの。
テレビ出演のときの在りし日の写真や著書、往診で使っていた鞄、湯飲み、生原稿、万年筆、スキー靴、服、その他。
往診鞄に触りたかったけれど遠慮した……。

まだ入道雲?

7d6ace3d.jpg風が少し秋らしくなってきたかなと思っていたのに、朝から入道雲のよう。きょうはまた暑くなるのか。
胆石かと心配していたけれど、背中の痛みはなくなり、胃の重苦しさもなく、またまた病院には行かないまま。
医者でもないのに医学書を開いて、いつも勝手に病名をつけ、いつしか治り、また仕事を続けていくのです……。

写真は見川鯛山氏の生原稿。
いかにも先生の人柄がわかる、やさしくしっかりした文字だった。
私の字は幼児の字のようで下手なので羨ましくもあった……。

偉大な人

79c8621a.jpg京都の東福寺本坊南庭の向かって右側のほう。
海の波を表している砂の直線と円が何とも美しい。
先日ここに載せた市松模様の庭は、方丈を挟んで反対側になる。

昨日の見川鯛山氏の葬儀の余韻が冷めやらないでいる。
本当に偉大な人は葬儀のときにわかるものだと思った。
形式ではなく、心から見送りたいという人達が大勢集まってくる。
無医村だった那須湯本に、20代半ばで診療所を開いて60年以上医療に携わるかたわら、スキー、釣り、猟などの腕前もなかなかで、近所の人達とあたたかい交流を持ち続けた人だ。
ご子息、ご息女達も鯛山氏の血を受け継いでいるだけに、なかなか笑顔の素晴らしい人達だった。
鯛山氏の人柄があまりにも偉大で、鯛山氏のように魂が偉くなれたらなあとしみじみと思った。金や名声を求める人は絶対にあんなに偉くはなれないと断言できる。
鯛山氏の作品も素晴らしい。それなのに、今ではなかなか本が手に入らないのが惜しくてならない。多くの人に読んでもらいたいのに。今の時代には受けると思うけれど。
わずか13冊。絵本を入れても14冊。
どこかの出版社がポンと出してくれないかしら。

鯛山氏との別れ

e9f06623.jpg栃木県那須塩原市の八州会館での見川鯛山氏の葬儀は、みんなに愛されていた人だけに、1000人以の会葬者ではなかったかと思う。
鯛山氏の病院を継いでいらっしゃる泰岳氏が喪主で、会葬者へのお礼の言葉がほのぼのとしていた。
次女のイラストレーター、米倉万美さんはなかなかの美人だった。
鯛山さんの小説に彼女が絵を描いている「山医者の毒にもクスリにもならない話」  (1800円)の絵本を知り合いにプレゼントしたいのに、クロネコヤマトのブックサービスでは取り扱い不能出版社になっていて、あれあれと思っていたが、これを出したドリーム舎の菊地さんが那須塩原駅まで送り迎えして下さっただけに、送りますよと言われ、ホッとした。
書店に頼むより直がいいのではとのこと。

〒321-0111 宇都宮市川田町1281−1
        ドリーム舎
筺FAX 028−658−9720

また、<見川鯛山、これにて断筆「山医者のちょっとは薬になる話」「鯛山センセイの生き方」>も手に入れられずにがっかりしていたら、これを担当した編集者も来ていて、めでたくプレゼント用まで手に入りそう。2冊1セット(2667円)。
これも直に注文した方が手にいるようだ。

〒321-0925 宇都宮市東梁瀬1−13−2
       (株)コンパス・ポイント
筺。娃横検檻僑械供檻械牽械
FAX 028−634−2487

肉体は疲れているけれど、素晴らしいエネルギーをいただいてきた気がする。
また明日から頑張ろう。

明日、那須に

88ea1a7d.jpg明日の見川鯛山氏の那須塩原での葬儀は遠慮しようと思うようになっていたけれど、鯛山氏の娘さん、イラストレーターの米倉万美さんと知り合いの菊地女史から電話があり、那須塩原駅まで迎えに参りますとのこと。
急遽、足を運ぶことにした。
菊地女史は「山医者の毒にもクスリにもならない話」という絵本を出した発行者だ。

尊敬する鯛山先生に生前会えなかったことが残念でならない。
けれど、明日は息子さんや娘さんと話せるかもしれない。
鯛山氏は立派なお医者さんで立派な作家だったなあと思う。
診察してもらったことがなくても本を読めばわかる。
医は仁術を生涯に渡って通した人だ。
1冊読んで魅了され、次々と読んだのは20年も前。
惚けたユーモアと暖かさが忘れられない。
本当に残念でならない。
やっと明日、おそばに行けます。

台風通過

585b60de.jpg凌霄花(のうぜんかずら)も大好きな花。
初めて見たのは福岡で20歳のころ。
南国の花だろうと思って大感激。
でも、古くから観賞用に植えられていたと植物図鑑に。意外だった。
最近はあちこちで見られるようになった。

昨日の台風でいろいろな花も被害を受けただろう。
ベランダの椿やホトトギスをリビングに非難させた。でも、風が強かったかどうか、部屋にいるとぜんぜんわからなかった。

ここ数日、背中が痛くて胃がむかついたりしていたけれど、消えた胆石がまた発生かと思い、淡白な食事に心がけるようにした。
日曜はマザー牧場でハンバーグを食べたし、戻ってきたら焼き鳥も食べてしまった。元々、肉はあまり食べないし、和食がメインなので質素にいかなくては。
ストレス、暴飲暴食がいけないのもわかっている。ただし、規則正しい生活は無理。
痛みが消えたところで、今日はうんと頑張りたいなあ。

台風11号

084ad3d1.jpg強い台風はこちらも直撃かな……。
豪雨も強風も恐い。

ブリーチ君のもう一枚の、在りし日の写真。
実は、7月29日にここに載せた姉の家で飼われていた凄い猫は、その4日後の8月2日に野犬にやられてしまったとか。
今は火葬場に動物用も用意されているらしい。地方によってちがうのだろうけど、姉は火葬場に連れて行ったとか。
ペットに対する待遇は私が幼いころとは変わってしまった。
人間に限らず、動物でも植物でも大事にされることはいいことだ。

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読者のニャンコ

e1bb88d8.jpg9月6日号の「週刊女性」は、いま出ているのかしら。
「女性官能小説」クライマックス傑作選というので、袋とじで5人載っている。一作は翻訳もの。
私は祥伝社から1月に出た「蜜猫」。

私が猫好きのせいか、知り合いにも猫派が多い。
写真の猫は北海道の読者が6月に送ってくれたブリーチ君。
ある日突然やってきて、やけに大食いで、ふっといなくなって、また帰ってきたものの4日間何も食べず、急にヨロヨロと歩き出して、ニャァと鳴いて、そのまま逝ったとか。
昨日はそのたよりを読んで、私まで淋しくなってしまった。

台風は?

2ddd3e5b.jpg明日か明後日ごろ、強い台風は上陸するのか。
まだここでの台風に慣れていないので心配。
昨日の大雨で横浜駅地下のダイヤ街には水が入ったとか。

雨のせいで今日は涼しく、珍しく全室の窓を開けたものの、しばらくして湿度計を見るとリビングは75パーセント!
慌てて窓を閉めて除湿した。

涼を呼ぶ写真は今日はさほど必要ないかもしれないけれど、夏の龍安寺で撮ったもの。
それにしても、まだ脳が思考停止しているようで参るなあ。

持っていない見川鯛山氏の本をクロネコに頼んで楽しみにしていたら、取引不能出版社とか。
がっくり。
でも、直接出版社に頼めばいいわけだ。

夏バテかな?

45a9321f.jpgここ3〜4日、何だか、体力、気力に乏しい。
参ったな。

京都のどこで撮った写真だったか。
トンボの合体中。

お盆のころ飛ぶトンボを、田舎ではオショウロ様と言っていた。
彼岸の人達が戻って来ているという意味だったと思う。
トンボはこの24階のあたりも飛んでいて凄い。
千葉の17階にいた時はトンボだけでなく、チョウチョも来ていた。
蝉も多かった。
ここにはまだ蝉は来ていない。

今月もあと10日

2898ad02.jpg10月刊行の双葉文庫アンソロジー80枚にかかることにしたものの、まだ書き出しに迷っているところ。
何でもさっさと書いてしまいたいのに、だんだん頭が固くなるのか……。
スタートさえすれば後は楽々ということもあれば、書きだしたものの、なかなかラストが決まらずに迷いながらのことも。

写真は、秋の紅葉のころには何度も足を運ぶことがある東福寺の、方丈北庭。
苔と敷石で市松模様が作られ、「小田市松の庭」とも呼ばれている。
方丈の東西南の庭をこれと合わせて「八相の庭」と呼ぶ。
紅葉見物は渓谷をまたいでいる通天橋と呼ばれる洗玉澗からがいいけれど、それとは別に、私はこの小田市松の庭が好きで、ときどき足を運ぶ。
バックが紅葉のときは、また趣がちがう。

夏バテの季節

186e6ceb.jpgまだ団鬼六氏が世田谷にいらしたときにお宅を尋ねたときの写真。
私は忘れる名人で、このときもベージュ色の日傘を忘れてしまい、後日、安紀子夫人が宅急便で送って下さった。
健忘症は今に始まったことではなく、遠い昔の20歳前から始まっていた……。

そろそろ夏バテの季節だけれど、今度の選挙は面白そう。
みなさんが1票のために、この炎天下の中を走り回っているのを考えると、家にいることの多い私がバテるわけにはいかないのだけれど。
9月1日で74歳になられる団氏だって、またまだ頑張っていらっしゃるのだから、私も、もう一踏ん張りしないとなあ。
しかし、書いても書いても締切がなくならないなあ……。
ひとつ書いても次があり、次を書いても、その次があり……。

鷺草

005c0dea.jpg3日で50枚書くつもりが4日かかって52枚。
今日は何故か疲れ果てて、初めて東京湾アクアラインを通って木更津に渡り、マザー牧場に行って来た。
風は秋らしくなってきたものの、暑かったァ。
子羊が10匹ばかりいたのが可愛かったけど、ともかく、暑くて焦げそうで日陰に隠れてばかり。
何のために言ったのだ……。

帰りは海ほたるパーキングを探検してみた。
またその帰り、横浜で鷺草を買った。
まだ蕾。
咲いてくれるかなァ。
写真は京都実光院の鷺草。

緊縛氏 明智伝鬼氏

89435fad.jpg右が在りし日の明智伝鬼氏。
中央が丸茂ジュンさん、左が私。
刺青の彫師「彫よし」さんの出版記念パーティのときのものだ。

業界では有名だった緊縛師の明智伝鬼氏が7月17日に、わずか64歳で亡くなられて1カ月経った。残念でならない。
モノカキになってから、この世にプロの調教師や緊縛師がいるのを初めて知った。

担当の編集者のひとりは緊縛師の髭さんだったし、業界一ハードなプレイをすると言われている志摩紫光氏ともパーティで何度か顔を合わせたことがある。
有末剛師にはビデオの脚本を頼まれて二本書いた。驚くほど忠実に脚本にそったビデオをを作って下さった。
私はモノカキになってすぐに、SM界では有名な人達と会うことができた。

SMには蝋燭、鞭、医療プレイなどいろいろあるけれど、縛りは日本の美だと思うようになった。女体がより美しく装われる。けれど、このとき女の顔が笑っていては、せっかくの緊縛も台無しだけれど。

緊縛師達は普通は非常にやさしい目をしている。物腰や言葉が柔らかい。
やさしい人でなければ相手を自由にすることはできない。
いましめられる者が羞恥や苦痛に耐えられるのは、緊縛師の本当のやさしさを知っているからだ。愛なくしては緊縛師になれない。
巷でSMまがいの犯罪を犯すような人には人間の資格もない。
SMは相手を苦しめる行為ではなく、理解し合った者同士が深い悦びを得るための愛情表現だ。

知り合いが増えるだけ、彼岸に旅立つ人を送ることも多くなる。
生まれた以上、誰しも亡くなるとわかっていても、やはりしばらくは淋しい。

暑そう

94ed2654.jpgまだ外に出ていないので、暑そうとしか言えない。
真夏には百日紅(さるすべり)がよく似合う。

近くで時計草を見つけたけれど、蔓植物なので、木に絡みついて伸びており、下から咲いていくだけに、今ははるか高いところに咲いていて、写真に撮れないのが残念でならない。
身長ほどのところに咲いているころに見つけたので。
来年は咲きはじめたら撮りまくるゾ。

最近は1週間に2〜3回しか外に出ないのでは。
3日で50枚書こうと思っていたのに、4日はかかるかもしれない。
まあ、いいか。

眠気も解消されて快調

f5524d8d.jpg写真の花は愛らしいのに、その名は「ヘクソカズラ」。
漢字では「屁糞葛」。可哀想に。
葉や茎の匂いがきついのでそんな名前になったようだが、「灸花(やいとばな)」「早乙女花(さおとめばな)」ともいう。
俳句では灸花を使うことが多いが、中には、

野の仏へくそかづらを着飾りて(石田あき子女史)

などというのもある。
このあたりでは今が盛りの花。蔓植物。

お盆の異常さな眠さも昨日から解消され、またせっせと原稿書き。
3日で50枚書く予定。
廣済堂の書き下ろしアンソジーで、全員が「診察室」にちなんで書くのだけれど、私は幻冬舎アウトロー文庫から、すでに「診察室」という本も出しているので紛らわしくなる。困るなあ。

11時46分地震

20分前に大きな地震。
額が大きく左右に揺れ、足が震えるほどだったけれど、24階でも何も落ちずに済んだ。今のマンションは凄い!
書斎で仕事をしているときだった。
天井までの本箱もずいぷん揺れたけれど、地震対策をとっていたので大丈夫。
私は書斎を飛び出して寝室に行き、慌ててパジャマからスカートに着替えた。
パジャマのまま仕事をしていたのだ!
夜ならいいけれど、これじゃ、昼間は恥ずかしくて逃げられない。
震源地の被害は凄いだろうと心配している。
こちらは大丈夫。

河骨

ce043952.jpgちょっとピントが合っていないけれど……。
京都大原の実光院の池で写したものではないかと思う。
河骨と書いてコウホネと読む。
黄色い花に不似合いな、おどろおどろしい名前の睡蓮科の多年草の水草。
名前の由来は、川に生え、根茎が白骨のように見えるからとのこと。それでも、花には、こんな名前をつけられてお可哀想にと言いたくなる。

昨日は注文していた名刺が仕上がった。
そこの人に、私の名前を知っているし作品も読んでいると言われて嬉しかった。他に勝目梓氏と北沢拓也氏などの作品も読んでいるとのこと。
書店に行くと本の山。いつもそれを見るたびに、この中から誰が私のものを手にしてくれるのだろう。奇蹟に近いな……と思ってしまうので、実際に読んでいるという人に会うとホッとする。
1冊出ると何万人もの人が買ってくれるのはわかっていても、デビューして17年。たった1度も私の本を買う人を見たことがない。
他の作家もそんな人が多いようだ。

昨夜と一昨日は異常な眠さで、何と、日付が変わらないうちに眠ってしまった。
お盆なので、眠りの中で彼岸の人達と交信していたのかもしれない。
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