「藍川京」の部屋

女流作家「藍川京」の日記と、作品を紹介するブログです

横浜イングリッシュガーデン 最後のクレマチスとカンナ

1〜2枚目、薔薇のアーチのところで、純白の大きなクレマチスを見つけて嬉しかった。翌日には散ってしまいそうだったけれど、その年に咲くいちばん最初に開花した花と、いちばん最後に残った花に惹かれる。
3〜4枚目、斑入りのカンナプレトリア。花は終わりに近くなったけれど、これは葉も美しく観賞できる。

今やって来ている「非常に勢力が強い」台風が気になる。何しろ、伊勢湾台風に似ているというのだから。
1959年に発生し他伊勢湾台風では、死者4700人ほど。行方不明者400人ほど。5000人以上が亡くなったことになる。58年前のことで被害はその時より少なくてすむかもしれないけれど、今から愛知に住む姉を心配している。ここにもやって来れば、風が恐怖の高層階。生きた心地もしないだろう。被害が少ないことを祈る。
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横浜イングリッシュガーデン 椿とコスモス 

昨日は午後から雨が止んだので、期日前投票に行ってきた。
世界にはまともに投票できない国もたくさんあるというのに、日本での投票率の低さには暗澹たる気持になってしまう。
自分の1票がいかに大切で、それによって国を変えることができるというのに、投票に行かない人達。18歳以上の全員が投票出来るようになるまで、どんな困難があったのかわかっていないのだろうか。
1946年、日本の女性は初めて投票することができた。
明治時代が初めての選挙。けれど、この時は男性の25歳以上、しかも、高納税の人だけしか投票することができず、人口の1%のみ。それから35年も経って、すべての25歳以上の男性が投票を認められた。それからさらに遅れること20年、やっと男女20歳以上のすべての人に選挙権が与えられた。そこに至るまでは多くの人達の運動や苦労があった。
投票率100パーセントになれば現状は変わるというのに、50%、60%でしかない投票率という現実。情けないといつも思う。

秋桜畑の入口で今年初めての椿を発見。この時期、西王母と思うけれど、ボケてしまって残念。
3〜5枚目は秋桜畑以外の園内に咲いていたもの。あちこちに咲いていた。
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横浜イングリッシュガーデン コスモス 2

横浜イングリッシュガーデンに今年できた小さな秋桜(コスモス)畑。
1枚目、電車が頻繁に通り過ぎる手前に秋桜が咲いている。昔は見られなかった様々な色の秋桜が見られるようになった。
電車の見えない以前の秋桜畑の方が落ち着いたけれど、そこは今では様々な花や木が植えられ、それはそれで楽しい。ガーデン内、いつも少しずつ変化していく。
急激に寒くなり、花はどうなるだろう。
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横浜イングリッシュガーデン コスモス 1

先日、2カ月ぶりに横浜イングリッシュガーデンに行った。小さなコスモス畑が初お目見え。色々な種類が咲いていた。優しい色だけに、秋とはいえ、まるで春先に蝶々がふわふわと舞っているようにも見えた。
明日もコスモス畑を。
昨日は久々にいいお天気だったけれど、今日から、また数日雨とか。
雨に濡れるコスモス畑もいいかもしれないけれど、こちらにまでやってくるかもしれない台風が気になり始めた。
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今月のベランダ

今月咲いたベランダの薔薇と命の朝顔。朝顔は最近暑かったからだろう。
5〜6枚は丸葉縷紅草(マルバルコウソウ)の若い種。種の先にまだ花が残っている。多くは茶色くなったので落ちる前にと収穫しているけれど、たった1本、たまたま生えてきた縷紅草だったのに、今まで採れた種の数200粒! 鉢に落ちたら大変と思っているけれど、いくつか落ちたよう。これだけ咲くので、来年も1〜2本でいいと思っているものの、たくさん出てきたら間引きするしかない。種はひとつに2〜3個入っている。そして、終わったと思っていたのに、先週の暖かさのせいか1昨日から、また花が咲きはじめた。最後は、その縷紅草の花。
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我が家に咲いている花

昨日、とうとう詐欺師からの2回目の電話はなかった。
家にひとりでいると言うと、本格的な話に移るのだろう。
誰かいる? と訊かれたら、次は「いつものボディガードだけ」と言ってみたい(笑)。

1〜3枚目、、我が家のベランダで15日から杜鵑(ホトトギス)が咲き始めた。
4〜6枚目、白雪姫も咲き続けている。
7〜8枚目、9月から1カ月以上咲き続けていて眉刷毛万年青(マユハケオモト)は、そろそろ刷毛が乱れてきたので、種へと移行していくのだろう。初めてなのでそれも楽しみ。
昨日はこの他に、久々に縷紅草(ルコウソウ)も咲いた。1週間前は30度近かったのに、この温度差は凄すぎる。昨日の東京は46年ぶりの低温で12月の気温だったとか。全国的に例年より寒いところが多かった。
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オレオレ詐欺/金木犀/イチゴの木の花と実

私にもついにオレオレ詐欺の電話がかかってきた。昨夜の22時直前だったので、こんな時間に誰かと思ったら男の声。「明日、近くに行くから寄ろうかと思って。家にいるかな」と。聞き覚えのない声だったけれど、声から想像して甥っ子ぐらいかと。しかし、「誰?」と聞くと「えっ?」と言われ、「おばさんでしょ?」と。わかってなかったの?というような、意外だという調子。私が甥の名を言うと、「そう」と。そして「風邪を引いてるから」と。いつもテレビでやってるので、来ました、風邪! と思ってしまった。
先日、実家に顔を出したばかりの甥なので「こないだ帰ったんだってね」と言うと、「ああ。いつも迷惑かけてすみません」と、ちぐはぐな言葉。だいたい甥なら、よほどのことがない限り、そんな遅い時間に掛けてきたりしないし、もっと丁寧な言葉遣い。こんな言葉は使わないなと思う単語が入っていたりで、もう完全におかしいとわかっている私と、うまく騙していると勘違いしている相手。
「明日、昼頃には行けると思う。何か買っていくものある? 買っていくから」「何もいらないけど」「わかった。で、明日、誰かいる?」と、誰かいるかどうかの確認もさり気なくされた。「いるけど」と言うと「誰?」と聞くので「誰って?」と、わかってるじゃないと言うように、わざと逆に言ってやった。警察署長の旦那さんと、警察に勤めている息子とでも言えば面白かったかなとか、後で思うこと。
どこまでも甥を演じ続ける男は、「じゃあ、明日の午前中にまた電話するから」と言って切れたけれど、人がいるならまずいと思うだろうか。
すぐに甥に電話。甥と違うケイタイ番号だったので、それもおかしいと思ったわけだけれど、甥が、電話なんかしてないよと。一応確かめて、やっぱりと。
初オレオレ詐欺からの電話。こんなのに引っかかる人がいるとは。話していればおかしいとわかるはず。
引っかかった振りをして警察と一緒に捕まえるというのがあるけれど、まあ、危険なことはよして、今日は受信拒否にしておこうか。しかし、別のケイタイから掛かってくるかもしれないし、どうしたものかと思案中。
もし今日、電話が掛かってくるなら、行くつもりが途中で事故を起こしてお金がいるとか、お金を引き出す言葉を切羽詰まった口調で話すのだろう。痴漢に間違われて、相手にお金を払わないと警察に連れて行かれると言うかもしれない。どんな言葉で騙すつもりだろう。モノカキなので、あれこれ考えてしまう。
それはともかく、働かないで人の金を騙し取る悪党は許せない。皆さんもご注意を。

近所を歩いていると、あちこちから金木犀(キンモクセイ)の香りが漂ってくる。何千何万もの密生した花。落花して黄色く染まる地面も風情がある。
3枚目、イチゴの木の花も咲き始めている。4枚目の実はまだ青い。これからまっ赤になっていくのが楽しみ。実は去年の花が結実したもの。今咲いている花は、来年、実をつける。
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愛媛 今治城

愛媛と尾道の旅から戻って来た翌日に載せた今治城。ここが最後に観光したところ。ここで今回の旅の記録は終わり。ほぼ1カ月かかってしまった。色々見てきたなあと、満足。ただ、次はもっとゆっくりとまわりたい。これはいつも思うこと。
今治城は五層型天守で実に美しい。ただし、現在の天守は本丸跡の北側に1980年に再建されたもので、五層6階建になっていて、歴史資料館と自然科学館になっている。お城の急階段は私にとっては恐怖で、松本城も、実は2階までがやっとで、3階に行くのは無理だった(笑)。2階から下りるのも恐怖で、さっさと下りていく人達を横目に、しばらく、どうしたものかと階段脇で考えていたほどなので、この今治城は現代風の階段で助かった。
4〜6枚目の石垣は面白くて興味津々だった。
7枚目、鉄御門(くろがねごもん)。格式の高い城にしかない特別な城門とか。
8〜9枚目、天守と藤堂高虎の銅像。藤堂高虎が関ヶ原の手柄で伊予半国20万石を所有し、1602年に、ここに築城を開始し、6年の歳月を掛けて完成したとパンフレットに書かれている。
最後の日は雨だった。雨の日のお城もいいもの。
そして、今日は朝から、ここも雨。
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広島 尾道市向島 千光寺下り 3

昨日はずいぶんと涼しかったけれど、まだ衣替えをしていない。来週、また暑くなると言っていて、変化の激しい秋になりそう。
昨日は多くの人に祝ってもらい、ありがたく、幸せ者。

千光寺を下る途中の「文学のこみちコース」で、可愛い猫ちゃん達がいて癒された。猫は自由闊達。お寺などで飼われている猫もいれば、近所迷惑になっている猫達もいるだろう。けれど、尾道と言えば「猫」とも言われるほどなので、きっと可愛がられているのだろう。
6枚目、面白い塀。この説明をしてもらったのに、すでに忘れてしまった……。右側に白い彼岸花。7枚目、志賀直哉旧居。8枚目、ここの彼岸花は少し遅いようで、赤もまだ開ききっていなかった。
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広島 尾道市向島 千光寺 2

今日は、またひとつ歳を重ねた。だんだん母の歳に近づいていく。
この歳になると、知りあい達と健康第一という話になってしまう。
7日にとうとう病院に行って薬をもらってきたので、今日は6日目、だいぶ食べられるようになった。でも、残念ながら、ケーキはまだ食べない方がよさそう。もう半年以上、食べていない。やたら、あれを食べたい、これを食べたいと、食べられないものを思い浮かべてしまう。年内には何とかケーキの一口、唐揚げのひとつくらい食べてみたいもの。

ロープウェイでわずか3分で千光寺山頂に着いた。
千光寺は恋人の聖地でもあるとか。今回行った松山城二之丸史跡庭園もだった。2〜3枚目、頂上展望台より尾道市街と尾道水道を眺めた。ただ、この頃、小雨になってしまった。
6枚目の松の枝振りに、歌川広重の「上野山内月のまつ」を思い浮かべてしまった。
7枚目玉の岩。8枚目、文字が隠れてしまったけれど、二重岩ではなく、三重岩。9枚目、烏天狗。
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広島 尾道市向島 千光寺 1

メールや賀状の交換はしていたものの、かれこれ20年ぶりか25年ぶりくらいに会った知り合いの同業者の家に行くと、猫も犬も大歓迎してくれ、片方を撫でると片方が嫉妬して邪魔するので、こうして同時に2匹を撫でてやらなければならなかった。ダイニングテーブルでお茶を飲んでいると股の間にワンちゃんが頭を押し込んできて顔を出すし、毛だらけになった楽しいひとときだった。
海の見える書斎も明るくてよかった。奥様にお線香をあげられてほっとした。
夜は老舗料亭で懐石をご馳走になり、その後、氏の行きつけのバーで23時まで呑んだ。とはいえ、私はアルコール無しのカクテル。私より年上の氏の方が体力があるよう。それに、私は旅行前から、また食べると体調不良になるようになっていて、ほとんど食べられず、せっかくの大好きなオコゼの唐揚げも全部残した。カフェイン、刺身、油もの、甘いものと、ことごとく胸のあたり(食道)がおかしくなるので、旅行中はカロリーメイトを飲み物で流し込んで、何とか栄養補給していた。四国のお菓子をたくさん食べようと思っていたのに、4日間で小さな坊っちゃん団子を2本食べただけだった。それでも足だけは丈夫で、毎日、15000歩は歩いていた。
翌日は朝からホテルまで来てくれた知り合いと千光寺に。行きはロープウェイ。帰りは歩きであちこちを見ながら下りた。それは明日に。
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広島 尾道市 因島 五百羅漢 2

五百羅漢とはいえ、ここ白滝山には700体も石仏があるというだけに、頂上近くにはぎっしりと並んでいた。
4枚目と6枚目の白い橋は因島(いんのしま)大橋。そこを渡ると知り合いの住む向島(むかいしま)。
白い彼岸花のいちばんいい時だった。駆け足だったのが残念。
下りてから知り合いに電話しようと思ったら、ちょうどその時、電話が掛かってきた。
新尾道大橋を出たところで待っていると。久々に会えるとわくわくした。
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広島 尾道市 因島 五百羅漢 1

尾道の知り合いと会うことになっていたけれど、欲を出して因島の五百羅漢も見ていくことにした。
今回の旅行では、赤い彼岸花より白い彼岸花がやけに多かった。ここでは白の彼岸花しか見当たらなかった。
五百羅漢は標高227メートルの白滝山にある。因島、村上水軍6代当主の村上吉充(むらかみよしみつ)が観音堂を建立し、その後、ここに住む柏原伝六とその弟子達によって造られたという700体の石仏が並んでいる。
2枚目、まずは足元のいい道を出発。3枚目、櫨(ハゼ)の葉も色づき始めていた。
マンションから見えるみなとみらいのランドマークタワーは296メートル。白滝山はそれよりずっと低い227メートルの山とはいえ、都会と違い、四方八方、景色を遮るものは何もない。360度、見晴らしがいいことでも有名な山だけに、夕日スポットでもあるらしい。瀬戸内海と島々が一望できた。
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広島 尾道市因島 村上水軍の墓など

水軍城は見られなかったけれど、城の麓には水上水軍の菩提寺の金蓮寺(こんりんじ)もあり、因島八十八ヶ所霊場第11番札所の「藤井寺」もある。因島八十八ヶ所霊場というのは、四国のお遍路を模して八十八ヶ所の霊場が設けられているもの。1〜6枚目。
7枚目に説明があるけれど、8〜10枚目は藤井寺にある村上水軍の墓。とはいえ、金蓮寺が菩提寺なので、ここは金蓮寺境内なのだろうか。藤井寺から行ったので藤井寺にあると思って調べたけれど、お墓に行った人達も、どちらかわからないという人が多いようで、同じ境内というか、境のわからない金蓮寺と藤井寺のよう。
お墓にはロマンがある。私は一般のお墓を通るときも「お疲れさまでした」と心の中で挨拶する。生きて死ぬことは大変。長短はあっても、みんな生きた人達。そして亡くなっていった人達。人生は大変。
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愛媛から広島 因島へ 因島水軍城

昨日は那覇で33度。10月としては102年ぶりの暑さだったとか。北海道では1度台のところもあったというのに、日本列島の気温の差は大きすぎる。というより、季節外れの南の暑さ。

大三島を出て、1枚目の多々羅大橋を渡り、生口島(いくちじま)を通り過ぎて、2枚目の生口橋を通って因島(いんのしま)へ。さっそく、村上海賊という幟が。
水軍城に行くのを楽しみにしていたのに、何と、木曜は休みとのことで門は閉ざされ、下から城を眺めるしかなかった。
日本遺産に認定された「村上海賊(村上水軍)」の資料が展示されている日本で唯一の水軍城だけに、残念でならない。慌ただしく動くので、こんなミスもある。しかし、外からでも見られただけでよかったということに。中が面白そうで、次の機会があれば是非また訪れたい。
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愛媛 今治市より「しまなみ海道」へ/大三島 大山祇神社

昨夜は零時前に横になったのに、今日に日が変わる寸前に地震があり、寝入ったばかりなのに目が覚めた。福島県で震度5弱。原発があると地震のたびに心配になる。原発ゼロにしても、後の処理が大変。

1〜3枚目、「しまなみ海道」で最大の来島海峡大橋。世界初の3連吊橋。両側は小型バイク道も自転車歩行者道も設けられている。自転車の通行料は無料。瀬戸内海を眺めながら、6つの島を渡ると70キロ先は広島の尾道。車で走れば1時間もあればいい。いつか少しは歩いてみたいもの。

ひとつめの島の大島や、ふたつ目の島の伯方島を素通りして3つめの大三島に到着し、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)に詣った。瀬戸内海の海上交通を牛耳っていた海賊、村上水軍、河野水軍ゆかりの神社。
4〜5枚目、総ヒノキ造りで高さ約12mの大山祇神社の総門。
8枚目の樹齢3000年という「雨乞の楠」は、すでに寿命を全うしているよう。9枚目は天然記念物の大楠。

お詣りした後は紫陽殿と国宝館に。全国の国宝、重文の武具類の8割はここにあるというのだから凄い。
斉明天皇や源義経、源頼朝、木曽義仲などが奉納したという甲や、他にも有名な鎧甲に刀などがずらりと並んでいて圧倒される。
瀬戸内海のこんな小さな島に、何というパワーだろう。そのせいか、頭痛が凄かった。パワースポットに行くと頭痛に襲われることがあり、大山祇神社近くで車を降りた頃から痛くなり、お詣りしている時から国宝館を出るまで頭痛が治まらず、四国旅行でこの時ばかりは鎮痛剤を飲んだ。しかし、滞在した2時間の間、治まらず、離れる頃に治まった。それで写真も少ない。
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愛知 松山城 二之丸史跡庭園

昨日はワインセラーの下が水浸しになってキッチンを濡らし、大変だった。家庭用なのでせいぜい30本くらいしか入らないけれど、ワインは半分しか入っていない。12年になるので寿命かなと思ったりしたけれど、治せるならそれに越したことはない。私はほとんど呑まなくなったし、ワインは10年ものやそれ以上のものになっている。美味しくなっているならいいけれど、いつ呑むことになるだろう。

平成4年に開園した松山城二之丸史跡庭園は、古い絵図や発掘調査に基づいて二之丸邸の間取りを遺構の上に表現したものとある。1枚目は園内の高台の勝山亭近くから園内を見下ろしたもの。白壁の塀などが見える。二之丸の部屋の間取りどおりに縁取られた中には水が張られている。2枚目、発掘された大井戸遺構。東西18メートル、南北13メートル、深さ9メートル。3枚目、林泉庭の池。
4〜6枚目、二之丸邸の間取りを表したものだけれど、この写真では意味不明だろう。この日は暑く、13時頃で、太陽の位置関係もあって、素人にはうまく全体が写せなかった。
7〜8枚目、勝山亭への道ではススキが揺れていた。ここにも人はおらず、登りの階段を見上げて、しばし迷ったけれど、進むことに。そこで1枚目の景色を撮った。最後の曼珠沙華だけは、ここを出てからの小径で。
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愛媛 松山城 二の丸史跡庭園への道

松山城への行きはロープウェイを使ったけれど、天守を出て二之丸史跡庭園へは歩いて行くので、切符は片道だけしか買わなかった。
1〜2枚目、こんな景色は好きだけれど、今時は、そして、初めての道は、誰かいないと不安になる。人影を見るとホッとした。それほどこの道を歩いている人は少なかった。
3枚目、途中の石垣には、ここにも蔓穂(ツルボ)の群生。4枚目、石垣を這う葛(クズ)の花。5枚目、二之丸跡庭園入口近くに到着。米倉の手前の白い曼珠沙華も咲き始めていた。今は終わっているだろう。
6〜8枚、庭園入口近くの石垣にも魅せられた。石垣の積み方などにもよるけれど、とても落ち着く。石垣だけというより、ちょっとした植物でも生えていると、それもいい。
石垣の刻印が幾つかあるというので見たかったけれど、この日は暑く、見つからないまま諦めた。残念。次に行った時は見つけたいもの。いろんな説があり、石工組頭の屋号の説が強いとか。
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愛媛 松山城

昨日はエアコン4台を洗浄してもらったので1時〜4時半まで掛かり、その間、落ち着かずにウロウロしていた。分解して綺麗に洗ってくれ、しばらく安心。エアコンの汚れは黒カビが多く、健康被害をもたらすので恐い。特にペットを飼っている人の家のカビは多いらしい。ペットの毛に雑菌がついているためとか。驚いたのは犬や猫より、ハムスターなどの方がエアコンが汚れるとか。聞いてみないとわからないもの。

1枚目、松山城へのロープウェイ乗り場の前で、「坊ちゃん」登場人物の顔出し。こんなにあるのに顔出しせずに残念だった。
ロープウェイで長者ケ平駅まで。そこから天守入口までは徒歩10分ほどかかる。石垣の手前には、あちこちに優しい薄桃色の蔓穂(ツルボ)が咲いていた(2〜3枚目)。
本丸への切符売り場の入口には、7〜8枚目、小天守を背景に、薄紫色のサルビア・レウカンサとピンクのゼラニウムが咲いていた。
お城の前のキャラクターは、松山城の初代城主 加藤嘉明(よしあき)にちなんで名付けられ た「よしあきくん」。
小さな竹林にいた猫は、人に懐かない猫のようで残念。鋭い視線。いい顔をしていた。
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愛媛 松山市 道後温泉 2

道後温泉駅を出て、お土産物屋さんの立ち並ぶ通りを抜けた正面が、今日の写真の、テレビによく出てくる道後温泉本館。明治時代に改築された公衆浴場。観光客で一杯だった。そちらの方に驚いた。
1日、愛媛県を訪問中だった天皇、皇后両陛下がここを訪問されたとのことだけれど、外から眺められただけだったようで、せっかく日本で唯一の皇室専用浴室もあるのにと残念な気も。今はそのお風呂は見学だけできるようになっている。7枚目の料金表にあるように、そこは見るだけでも260円。
私は外から建物を眺めただけで、あまりに人が多く、入浴する気にはならなかった。この建物を1度は見たいと思っていたので、それだけで満足。
宿の浴衣姿の観光客が大勢、外を歩いて、いかにも温泉地だなと思った。
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愛媛 松山市 道後温泉 1

1枚目、道後温泉駅。2枚目、坊ちゃん列車。3枚目、道後温泉駅正面にある坊ちゃんカラクリ時計。18時半頃でこの姿。
4枚目、7時近くなり、明るくなっている。7時3分くらい前から、カラクリが動き始め、メロディとともに、時計台がせり上がってきて、夏目漱石の「坊っちゃん」の登場人物が現れる。帰りにちょうど動き始めてラッキー。
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DSCF9470_R最後はホテルの窓から見えた萬翠荘。
大正11年(1922年)、旧松山藩主の子孫にあたる久松 定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が、別邸として建設したもの。
近いので行きたかったけれど、時間がなく、眺めるだけで終わってしまった。
一気に載せようと思ったものの、15枚は多すぎ、道後温泉の続きは明日に。

愛媛県喜多郡 内子町の伝統的建造物群保存地区

今日から10月。秋が深まってくる。夏が暑すぎたので、秋はまだまだやってこないと思っていたのに。

大洲市の臥龍山荘を出て、喜多郡の古い町並みを残す内子町にも行ってみた。
パンフレットによると、江戸期に大洲、松山間を繋ぎ、遍路道、金比羅参詣道としても利用された旧街道沿いに形成された町並みとある。
1〜6枚目、町並みを歩いていると、とうもろこしが軒先に下がっていたり、売り物の唐辛子が下がっていたり。
蝋燭作りでも栄えたらしく、7枚目、重要文化財の、木蝋生産で財を成した上芳我家の筆頭分家の屋敷。資料館になっている。8枚目、当時使われていた道具など。9枚目、庭に大きな石榴が生っていた。
10〜11枚目、紅白の小海老草(コエビソウ)は町並みを歩いていて。12枚目は、資料館の入口で。
せっかく来たのに夕方になり、もっとゆっくりしたかったのに残念。それでも、松山空港に着いてから、色々まわった1日になった。
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愛媛 大洲市 臥龍山荘 2

1〜4枚目、臥龍山荘の庭の敷石の配置はみごとしか言いようがない。そして面白い。
5枚目からは敷石を辿っていちばん奥の建物「不老庵」。天井の網代張りなど写しておらず、本当に心残り。崖の上に建てられていて、対岸から見ると、京都の清水寺のような建て方がしてある。台風18号の直後で、臥龍淵の水が最後から2枚目のように泥色に濁っていたけれど、いつもは深い青緑の水面に空が映って美しいらしい。
いつまたここを訪れることができるだろう。次はもっとゆっくりと拝見したいもの。
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愛媛 大洲市 臥龍山荘 1

パンフレットによれば、臥龍山荘は2008年のNHK「世界名建築100選」に上げられたという。また2011年にはミシエラン・グリーンガイド・ジャポンに一つ星として紹介されたとか。
豪商河内寅次郎が桂離宮、修学院離宮などを参考に地元や京都の名大工を使って、最高の用材で作ったというだけに、細かいところまで贅が尽くされていた。きんきらした贅ではなく、これぞ粋という趣味のいい贅。
1枚目、玄関への階段。すべて石。材木に見えるのも石。
2枚目、清吹(せいすい)の間。透かしの欄間。その手前は、一位(いちい)の木の歪みをそのままに使った落とし掛け。
3枚目、霞月(かげつ)の間の瓢箪をあしらった透かし彫り。
4〜6枚目も霞月の間。富士の絵の掛け軸が掛けてあり、その右側の丸窓には、奥の仏壇の蝋燭の光が丸い月のように写るのだとか。何とも粋なこと。そして、4枚目の右側に写っている襖の引き手はコウモリ。6枚目にアップで写してある。この部屋は夕暮れを表しているのでコウモリも出てくるわけで、憎いほどの演出。
7〜9枚、室内から見た庭。敷石が面白い。そして、苔も美しい。庭も粋で飽きない。もっと丁寧に写真を撮ってくればよかったと残念。また行きたいところ。明日まで臥龍山荘。
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愛媛 大洲市 臥龍山荘への道

宇和島市の天赦園を出た後、大洲市の臥龍山荘へ。
1枚目、まずは人なつこい捨て猫と存分に遊び、山荘への道を辿った。2〜3枚目、上り口に犬枇杷(イヌビワ)が。
4枚目、平瓦を埋め込んだ山荘の塀に沿って歩くと、5〜6枚目、入口に到着。黒門に掛かったやけに目立つ暖簾に、料亭のようなと。
中は素晴らしかったけれど明日にして、7枚目、近くに咲いていた秋海棠(シュウカイドウ)。ああ、秋だと思う花。そして、大好きな京都の大原の花を思い浮かべてしまう。8枚目、どこにでもあるけれど、赤煉瓦館近くで洋種山牛蒡(ヨウシュヤマゴボウ)の花。9枚目、洋種山牛蒡の若い実。赤煉瓦館は写さなかった。1枚ぐらい撮っておけばよかった。
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愛媛 宇和島市 天赦園 3

今朝は5時半頃、テレビをつけると緊急地震速報。実に不快な音だ。岩手県沖とわかったものの、2〜3分遅れてここも揺れた。震源地は震度4で、まずはほっとした。5以上だと心配になる。北海道から静岡まで揺れたよう。
地震は遠くの震源地でも揺れることがあり、どこでどの深さで起こったかによる地層の動きによるのだろう。北海道奥尻の地震の時は、千葉のマンションは17階でずいぶんと揺れた。お風呂に入っていたときで、あれは忘れられない。マグニチュード7.8で、奥尻には震度計はなかったけれど震度6ではなかったかと言われている。甚大な被害だった。
最近はメキシコでも大地震が続き、日本も毎日揺れているので、いつ大きいのが来るかと心配。

今日まで天赦園(てんしゃえん)。
竹の緑も美しかった。3枚目は黒竹。竹の種類も多かった。19種類も植えられている。
4〜6枚、池の袂の萩。7〜8枚目、白い彼岸花。9枚目、擬宝珠(ぎぼうし)。
ここはよかった。春夏秋冬、行ってみたいところ。
初めての四国路に1日目から大満足。
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愛媛 宇和島市 天赦園 2

昨日に続き、天赦園(てんしゃえん)。
パンフレットによると、伊達家の先祖が藤原鎌足であるということから、藤原氏のゆかりをしのび、園内に6基の藤棚が設置されているとのこと。2枚目右端と3枚目は同じ藤で、「白玉上り藤」。園内の池をまたぐ太鼓橋式の藤棚で、長さ約24メートル、幅約4メートルというみごとなもの。花の時期にはニュースになり、大勢の人達で賑わうよう。白い花もみごとなら、香りは広範囲に漂い、どんなに素晴らしいだろう。
4〜6枚目、柳葉ルイラ草(ヤナギバルイラソウ)も園内のあちこちに咲いていた。名前が長い。瑠璃柳と勘違いしたりする。
7〜9枚、紅白の彼岸花。昨日の写真と似たものもあるけれど。
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愛媛 宇和島市 天赦園 1

宇和島城を後にして11240屬旅さの池泉回遊式庭園、天赦園(てんしゃえん)へ。
1枚目、春雨亭。2〜3枚目、春雨亭を遠い背景に、紅白の萩。
池の袂には彼岸花や露草。他に観光客はひと組のみで、その人達もすぐにいなくなり、自分の庭のように贅沢に過ごせた。
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愛媛県 宇和島城

昨日は最後に行った今治城を載せたけれど、松山空港から最初に行ったのは宇和島城。
1601年、藤堂高虎築城。半分が海に面した海城だったが、今は埋め立てられて平山城になっている。 現在残っている建物は、伊達氏時代に建て替えられた天守。
300年以上、火災や伐採をまぬがれ、巨木や珍しい植物の宝庫となっているとのことだけあって、緑に圧倒された。1枚目、お城への石段。上りに帽子を落としたらしく、帰りに同じ道を辿ったけれど、すでになかった。旅先では気に入りの帽子をよくなくす。日射しが強かったので道の駅で870円の帽子を購入。そんな値段で買えるのだとびっくり。いざという時に助かった。2枚目、大きな井戸。
3枚目、あまりに巨大な武蔵鐙(ムサシアブミ)に仰天。4枚目の武蔵鐙の実も野球のボールのようだった。これがあちこちにあるので、はしゃいでしまったけれど、花の時を見たかった。5枚目、カタツムリもあちこちにいて、これも大きかった。
6〜7枚目、天守。そう大きくはない。8枚目、天守閣のいちばん上からの眺め。
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今治城

昨日は旅の最後に愛媛県今治市の今治城に行った。
ここは石垣に魅了された。それもまた後日。
昨日は朝から生憎の雨で、前日から泊まった広島県の尾道から、しまなみ海道を渡って松山空港に着くまで雨にたたられた。横浜に着いても雨。21日の晴天が嘘のよう。
帰宅が23時頃だったので、四国のことはぼちぼちと。
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横浜イングリッシュガーデン カラーリーフ

今夜、四国より帰宅予定。
横浜イングリッシュガーデンで、カラーリーフ。花はなくても綺麗な葉だけでもいい。目も心も癒される。
植物は不思議だ。そして、美しい。
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