「藍川京」の部屋

女流作家「藍川京」の日記と、作品を紹介するブログです

豆柿(マメガキ)!

beee0df4.jpg元旦に、会津若松の御薬園(おやくえん)で。
22日と23日に載せたものの、何の実かわからなかったけれど、ついにこれが判明! 「豆柿(マメガキ)」だった。胸のつかえが下りた。黒くて、わずか1〜2センチしかない小さな実だけに、柿とは思わなかった。
御薬園に写真を送るのが一番の早道かと閃き、送ってみたらすぐに返事を戴き、大感激。
他に丁寧にも『通常の渋柿(会津地方では身しらず柿が有名ですが)のように渋みが強く、渋抜きをしないと食べられません。
最近、天然塗料として見直されている「柿渋」などは、このマメガキの渋を抽出したものが多いそうです。また、丈夫な性質のため、台木としても広く使われています。』と書き添えてあった。
御薬園の庭園担当、小林さんに感謝!
昨夜は文芸家クラブの新年会だったけれど、2次会に一緒に流れるのは、いつも10〜15人なので、そのつもりでいたら、何と30人ほどが2次会に流れてびっくり。3次会はバラバラに。私は4人で「花暦」へ。色々と話せて楽しかった。
何人もが「週刊大衆」読んでます、と言ってくれ、笑ってしまいましたと言われて嬉しかった。

心字の池の真鴨

aea256fb.jpg今日も元旦の会津若松、御薬園の心字の池。
隅の方にうずくまっていた鴨が泳ぎ始めた。真鴨のオス。すぐに、美味しいカモ……と思ってしまった。
今日も寒いようだけれど、お日様が出ているのが救い。
6時から東京駅近くで文芸家クラブの新年パーティ。5時半受付で、その時間には入りたい。年に1、2度しか会えない人達に会って話すのも楽しい。
北海道から来る人もいるので大変だろう。
私は左腕が後ろにまわらない日々なので、着物の帯を締めるのがひと苦労。去年からは早めに着付けるようにしているけれど、いつまで腕が不自由なのだろう。生活には困っていないけれど、参ってしまう。硬い帯は大変なので、できるだけ柔らかい帯を選ぶことに。

氷の下の鯉

58f58c7d.jpg元旦の会津若松、御薬園(おやくえん)で、昨日と同じ心字の池。氷が張っていて、その下で泳ぐ鯉がぼんやりと写っている。
今、書斎は16度。慣れてしまって、この温度でも暖房はいらない。両足が載る大きさの電気マットだけで大丈夫。まだ風邪もひいていない。
買い物に行くと、スーパーもデパートも暑くて気分が悪くなる。厚着をしている客に合わせるのではなく、店員に合わせているとしか思えない。そういうところに長くはいたくないので早々に用を済ませて退散する。夏も同じ。省エネで我慢するぐらいが、体にはちょうどいい。
午後から整体。
仕事は遅れぎみなので、もう少し頑張らないと。

御薬園心字の池

1c447ca7.jpg元旦の会津若松、御薬園(おやくえん)の雪景色。
心字の池から御茶屋御殿に向かって。
この写真ではあまりわからないけれど、池にはずいぶんと氷が張っていた。
会津産の薬草200種をはじめ、外来薬草など、計400種ほどが園内の「薬用植物標本園」に植えられている。もちろん、冬の最中、何も見られなかった。春から秋にかけて行ってみたいもの。
1月も、あと1週間のみ。
明日は整体。明後日は文芸家クラブの新年パーティ。慌てて仕事しなければ。

確率が高くなり

7241b9db.jpg会津の御薬園で、昨日と同じ木の実。
昨日の写真はケイタイで写したもので、今日はカメラ。まったく違う色になっている。今日の方が近い色だけれど、写真としては昨日のが好き。さて、何の実? 意外と、誰でも知っているものかもしれない。(後日、御薬園に問い合わせ、豆柿・マメガキと判明)
首都直下型地震は30年内に70パーセント程度と言われていたのに、去年の3.11の大震災から地震活動が活発化していて、4年内にM7級の首都直下地震が発生する確率は4年内に約70%と、東京大学地震研究所の研究チームがまとめた。
以前と同じ30年内であっても今回の4年以内であろうと、どちらも今日か明日かもしれないわけで、考えてもしかたないけれど、またあんなのが来たらと思うと、長周期振動の大揺れを体験しているだけに溜息が出る。地球は生きているのだから仕方ないとはいえ、災害は遠慮したい。
今日は短編続き。

明日から「週刊大衆」連載開始

59effd89.jpg元旦、会津の鶴ヶ城近くの御薬園(おやくえん)で。
回遊式の借景園と、各種薬草を栽培する薬草園が御薬園の名前の由来とか。しかし、写真のとおり、雪も積もっていて、植物は今が一番少ないとき。
これは変わった実だなあと思って写したけれど、名前がわからない。ここの植物図鑑を買い忘れたのは残念。名前がわからないと悔しい。(後日、御薬園に問い合わせ、マメガキと判明。豆柿と書くのだろう)
明日発売の2/6号「週刊大衆」から、小説連載開始。秋までのユーモア官能。サブタイトルは「艶笑ポルノ」とか。おおいにニヤニヤしてもらいたい。

会津若松阿弥陀寺

6d288a0d.jpg元旦、会津若松の七日町通りの、右が阿弥陀寺。新撰組三番隊隊長の斉藤一や、戊辰戦争での殉職者の墓がある。斉藤一の墓は、右下隅に写っている石の柵の内側。
斉藤一(藤田五郎)とは、会津若松城に入って負傷した土方歳三に代わって新撰組隊長となって戊辰戦争を戦った人。その後、警視庁、東京教育博物館などの仕事。
左の建物はは『御三階』。正面ではなく、左横から撮った。元々、鶴ヶ城本丸内東側の石垣の上に建てられた櫓で、戊申戦争後、ここに移築されたもの。3階に見えるけれど、中は4層。密議などに使用されたらしい。
私は地理も歴史もさっぱりなので、こんな所に来ると勉強になるけれど、すぐに忘れてしまう物覚えの悪い天才。
昨日はここ1カ月ばかりの疲れか、頭痛や胸に何かがつかえているような感じで、ほとんど食べられず、昼間、お茶漬け1杯のみと、飲み物で過ごした。たまには食べないのが健康にはいい。胃が悪いと思ったときも、2〜3日、あまり食べないでいると治ることが多い。腹八分と言うけれど、学者によっては腹六部がいいとも。
昨日は横浜は初雪で、かなり降ったけれど、北国と違う水分の多い雪で、まったく積もらなかった。今日もどんよりしている。

目を見張った蝋人形展

6e072048.jpg大晦日、飯盛山で白虎隊引揚げの洞穴。弁天洞とも呼ばれているらしい。
立て札には以下のようなことが書かれている。

『今から約400年前、猪苗代湖の水を会津地方に引くため、飯盛山の山腹約150メートルを人工的に穴を開け、水田2500ヘクタールの灌漑に供し、使役人夫5万5千人と3ヶ年の歳月を費やしてついに完成した。白虎隊士中二番隊は戸ノ口原に布陣している味方軍応援のため派遣されたが戦に利あらず、お城の安否を確かめようと帰城の途中、隊士20名が通過した洞穴である』

白虎隊士はこの後、飯盛山から城下町に火の手が上がっているのを見て、鶴ヶ城が炎上していると勘違いして自刃……。一般的にそうなっているけれど、ひとり命を取り留めた定吉が後に、城内に入るのは不可能と思い自刃したと語ったとも。

昨日は、まず睦月影郎氏と松坂屋裏の銀座ヴァニラ画廊(銀座6−10−10 第2蒲田ビル4階)に蝋人形のコレクションを見に行った。
よくできていて目を見張った。性に興味のある人は必見。これは凄い! 千円かかるけれど安いもの。ちょっとわかりにくい画廊。
今日は7時まで。明日は5時までで終わり。
6時からは新宿で館淳一氏と評論家の永田先生と合流して食事会。
2次会は2丁目の「いれーぬ」。編集者のH氏も呼んで、いつもの楽しいおしゃべり。私の帰宅に合わせ、睦月さんも早々と11時前には湘南新宿ライナーで帰途に。

さざえ堂、頂上

1a598d72.jpg会津、飯盛山中腹の「さざえ堂」。らせんのスロープを昇りきった頂上。昇りスロープの最後の場所から。
奥の方から、今度は下りスロープになる。
今夜は4名でのこじんまりした会食で、着物。
左腕が不自由で後ろにまわらず、帯を締めるのが難儀で、いったいどうなるか。早々に着付けておきたい。
新宿紀伊国屋集合なので、久々に本も見てみたい。
午前中に、少しでも仕事を進めておこう。

さざえ堂

fd8fc9df.jpg昨日の続き。会津、飯盛山中腹の、二重らせん構造のさざえ堂、昇りのスロープ。
さざえの殻に似ているのでさざえ堂。正しくは、円通三匝堂(えんつうさんそうどう)。臨済宗飯盛山正宗寺郁堂和尚考案建立。
世界に例がない名建築というだけあって、実に面白いけれど、庶民のための巡礼観音堂として建てられたもので、西国三十三観音を配置して、上りで参拝しながら、下りで巡拝しながら裏口に降りるようになっていると、絵ハガキの入っていた外箱に書いてあった。
空気が乾燥していてインフルエンザが流行しているようで、予接接種をしていてもかかっているとか。注意しなければ。

「みだらに愛して」19日発売

a241c1fe.jpg初めてのコスミック文庫から、「みだらに愛して」。
明日発売のところが多いだろうけれど、一部、遅れる地域があるかもしれない。
去年5月まで「週刊実話」に連載した作品140枚ほどに、さらに140枚つけ足して長編にしたもの。それと過去の短編1編。短編は珍しくアナゴの釣船が出てくる。両方ともややコミカルな作品。
本体629円。税込みで660円だろう。
ISBN978-4-7747-2477-5

石巻から届いたお守り

0de5e5f6.jpg大晦日、飯盛山で「さざえ堂」。
六角三層で、一方通行で上まで行き、降りるときは別のスロープで下がることになる。世界にも例のない名建築とか。これが1796年に考案され、建立されたとは凄い。さざえ堂の名前は知っていたけれど、初めて自分の足で辿ることができて感動。高さ16.5メートル。
昨日、石巻の被災した読者から、初詣に日和山(ひよりやま)公園にある鹿島御児(かしまみこ)神社にお参りしたのでと、鈴と藤色のきれいな房のついたお守りが届いた。
日和山公園と言えば、大震災で幾度もニュースなどに出てきた公園。公園から石巻市が一望できる。それが、どこまでも更地が広がっていて心が痛んだとのこと。なかなか復興は進まないようだ。
心安らぐ鈴の音を聞きながら、震災のすべてを見ただろう日和山の神社から届いたお守りかと感慨深い。神社には野良猫がいて太っていたとか。参拝者が可愛がっているのだろうとホッとした。
昨日は寒さが堪え、結局、書斎に暖房を入れた。20度設定にしたけれど、18度までしか上がらなかった。今日は太陽の日差しがまばゆいほど。

あれこれ蝋梅

3b3b22cc.jpgバックがゴチャゴチャしているけれど、14日、北鎌倉の東慶寺で蝋梅(ロウバイ)。こうして見ると、素心蝋梅同様、蝋梅も可憐できれい。
私は黒い黒花蝋梅も好きだし、夏椿に風情が似ている夏蝋梅も好き。
そういえば椿も色々咲いているころ。春まで椿も本番。早いものでは9月頃から咲き出す品種もある。
最近は寒い。それでも書斎は暖房なしでも17度。両足裏がやっと収まる小さなフットヒーターというのか、それに足を載せておくだけで、今のところ他の暖房はなくても仕事ができる。
今日から新しい短編執筆開始。とはいえ、何を書くか決まっていない。書きながら考えることにしようかというところ。

素心蝋梅(ソシンロウバイ)

357b53ab.jpg昨日の北鎌倉明月院で、全体が黄色い素心蝋梅(ソシンロウバイ)。
昨日載せたのは中心が暗紫色の蝋梅(ロウバイ)。個人的には、今日の素心蝋梅の方が、いかにも蝋細工という気がして好き。形も可愛い気がする。
それにしても、昨日は雲が厚かったはずなのに、このときの空は美しいブルーに。それをバックにケイタイで。
2月1日は団鬼六賞の選考会なので、選考委員のひとりとして、ここのところ候補作を読んでいる。それについて、まだここに書けないのが残念。今日中に読み終えて、自分の締切にかからなければ、1月もあと半分しかない。

蝋梅(ロウバイ)

7353c9b8.jpg今日の北鎌倉、明月院で蝋梅(ロウバイ)。フィルムを撮りきっていないので、ケイタイ写真。
昨日、テレビのニュースで他県だけれど蝋梅が見頃と出ていて、そうだ、蝋梅の季節だと、新年から慌ただしくてすっかり忘れていたのを思い出し、朝から気持ちは鎌倉。
今日は円覚寺は素通りして、早足に紫陽花で有名な明月院へ。ここは蝋梅がたくさんあってきれいだけれど、紫陽花しか知らない人が多いかもしれない。
蝋梅も素心蝋梅(ソシンロウバイ)もとてもきれいだった。満作(マンサク・万作)も咲き始めていた。
北鎌倉に降りたときから、線路に大勢のカメラマンがいたので気になっていた。明月院から浄智寺に移るとき、何か面白いのでも通りますかと訊くと、団体列車と言われ、なんだ、それはと思った。
浄智寺を歩いて出てもまだカメラマン達がいて、次の東慶寺を見て出ても、まだ来ないよう。好奇心から待っていなくてよかったと、帰宅のために北鎌倉駅のホームに入ると、何とそこに停まっていたのが、みんなが待っていたらしい列車。ラッキーと、私も写したけれど、鉄道マニアではないので、こんなものを寒さの中で1時間以上待つかァ? と思ってしまった。鶴岡八幡宮への初詣列車のよう。今日は時間がなく、北鎌倉だけで急いで帰ってきた。鶴岡八幡宮にお参りするんだったと思ったけれど、また次回。

白虎隊士の墓

3594df4f.jpg大晦日、会津の飯盛山。ここで自刃した十九人の白虎隊の墓。
若い白虎隊を悼むというより、2008年に亡くなられた早乙女貢さんに、やっと来ました、と言っていた。
早乙女さんは21巻もの「会津士魂」を約30年にわたって書き継がれた。曾祖父が会津藩士だったそうで会津藩への愛情深い人だった。私はいい読者ではなかったけれど、文芸家協会の推薦人になって下さり、会ったこともないのにと驚いた。
それから一緒に飲む機会にも恵まれたが、最後の侍と言っていいような方で、いつも着物。これがよく似合っていた。奥様が亡くなられたことを誰にも言わずに弔われ、同じ年に、あっという間に亡くなられてしまった。そういうところも、いかにも潔い武士という気がした。
早乙女さんは、この墓にも何度もいらっしゃったことだろうという気がして、つい、やっと来ました、になった。
午後からベランダの避難ばしごの点検。年に2回。面倒でならない。

すぐに春は来る

02753f6b.jpg会津の大内宿入口の駐車場に、雪用の滑り止めの藁が置いてあった。昨日、茶屋の玄関の写真を載せたけれど、そのときも、ここにこれが用意されているとは知らなかった。帰りに気づいたものの、すでに遅し。これからは、見かけたら使ってみよう。
昨夜の冷えは今冬一番で、18時に24階から1階に降りて、マンション前のポストに手紙を投函して戻っただけで、耳がじんわりと痛くなった。
寒いとき耳を出していると、痛みが頭痛に変わる。耳を隠す帽子が必要になる。けれど、まさか1〜2分外に出るだけで痛くなるとは思いもしなかった。頭痛にはならなかったけれど、凄い寒さというのがわかった。
今日は晴天で、天気予報で言っているほど寒さは感じない。あと1カ月半ほどで春。すぐにやってくるだろう。草花が楽しみ。そういえば、今は甘い香りを放つ黄色く透明な蝋梅(ロウバイ)が咲いているはず。近々、鎌倉に冬の花を見に行きたい。

滑り止め

577f54a7.jpg大晦日、南会津の大内宿の石原屋という茶屋で、そばがき汁粉を食べたけれど、そこの玄関。
この中の3足の靴に藁縄(わらなわ)がまわっている。今回初めて知った滑り止め。冬にずいぶんと雪国もまわってきたけれど、今まで気づかなかった。「滑り止め」なら、受験生のお守りになるのではと思うけれど、とうにやっているだろうか。
冬となれば日本海側や北国は、毎年、大雪で大変だろうけれど、ここは今朝からいい天気で、室内18度なので、暖房なし。足裏だけ温める小さなマットだけで十分。今冬、書斎に暖房を入れたのは去年、1回だけ。熊本の従姉妹は古い1軒屋なので、寒くて仕方がないと言っている。従姉妹にとっては、ここは天国だろう。
やることが一杯で、カレンダーを眺めながら失敗しないように進めている。

初七日

f6abfc39.jpg2日、五色沼の亡くなった友人宅の家の前。七竈(ナナカマド)の赤い実がたわわに生っていて、雪景色の中できれいだった。
早くも友人の初七日。何というスピードで1日が流れていくのだろうと驚く。まだピンとこないけれど、ようやくお線香をあげた。京都、東寺の風信香。大好きな香りで、京都に行くと何箱も求め、自宅でも使っているし、知り合いの命日に送ったりも。品のある甘い香りで喜ばれる。
つきあうたびに許せないほどのいやな面を見て嫌いになっていく人もいるけれど、友人の場合は逆で、初対面は最悪の男だった。
20歳ころから入っていた同人誌の先生が、しょっちゅう彼の名前を出すので、いい方に考えていたら、初対面の飲み会で、いきなり誰かと喧嘩を始めて、最悪の男だと思って軽蔑していた。それがだんだん印象が変わってきて、こんな関係になっていた。それでも会うたびに、「初対面は最悪」と私が言うので、「一生言われるなあ」と言っていた。一生どころか、死んでからも言われている(笑)。
同人誌の先生とふたりで彼の五色沼の家に行き、泊まったこともあった。先生が亡くなってからも、私は2度訪れ、泊まっている。
彼には姉妹が5人いて、姉上は亡くなられているけれど、他に3人姉妹がいる。それなのに、今回のガンの転移や入院を知らせたのは私と、姉妹の中のひとりの姉上だけ。他の人には知らせないように、奥様に箝口令を敷いていた。だから、他の姉妹、親戚、友人達にとって、彼の死は寝耳に水だったのだ。
最後に会う人間として、姉妹より私を選んでくれたくれたことは名誉で嬉しいけれど、亡くなってからしか彼に会えなかった、あとふたりの姉妹や親戚の人達に対しては申し訳なくて後ろめたい気もしている。私のどこを気に入ってくれたのだろうと、彼が亡くなってから奥様とも話をした。ブログには奥様と書くけれど、実際は○○子さんと名前で呼んでいる。
告別式で渡し忘れた風信香を奥様にも送った。今日届くといいけれど。

毎年変わる成人の日

4d4ad381.jpg大晦日、会津郡下郷町の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている大内宿の雪景色。大内宿の一番奥にある正方寺は高台にあるので、そこから写した。
階段にも雪が積もっているので、上りも下りもハラハラだった。
江戸時代の宿場町の様子を今に伝える大内宿と言っても、この写真では何が何だか……だろう。大内宿の写真は、ここから写したものが多い。
今日はいい天気だ。そういえば成人式。昔はいつも15日と決まっていてよかった。毎年、日にちが変わる祝日には、いつまで経っても慣れないし好きになれない。
大分仕事が遅れたなと思いながら、カレンダーとにらめっこ。新年から失敗しないようにしなければ。

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