またひとつ歳を重ねた。自分の歳が信じられない。もっと若い気がするけれど、鏡を見ると溜息。それなりに老けている。
1〜4枚目、渉成園(しょうせいえん)から京都駅に戻るとき、烏丸通りに面した道で、京都らしい、とても目を惹くデザインの施された宿に気づいた。いつできたのか、それとも今まで気づかなかったのか。
渉成園と京都駅の距離は1キロもないのでは。すぐに5枚目の京都タワーに着き、6枚目、京都駅へ。
7〜8枚目、京都駅の中。近鉄京都改札前には、赤、緑、青の蛇の目傘が美しく変化するCMが流れていて、しばらく眺めていた。地下街でケーキセットをいただいてから帰宅の途へ。
明日から、この前日の京都府立植物園を。







1〜4枚目、渉成園(しょうせいえん)から京都駅に戻るとき、烏丸通りに面した道で、京都らしい、とても目を惹くデザインの施された宿に気づいた。いつできたのか、それとも今まで気づかなかったのか。
渉成園と京都駅の距離は1キロもないのでは。すぐに5枚目の京都タワーに着き、6枚目、京都駅へ。
7〜8枚目、京都駅の中。近鉄京都改札前には、赤、緑、青の蛇の目傘が美しく変化するCMが流れていて、しばらく眺めていた。地下街でケーキセットをいただいてから帰宅の途へ。
明日から、この前日の京都府立植物園を。







1〜2枚目、渉成園(しょうせいえん)にも彼岸花が咲いていた。
3枚目、臨池亭(りんちてい)。4〜6枚目、楼閣づくりの傍花閣(ぼうかかく)。
7枚目、大玄関。いつもは入れないけれど、ちょうど「スラムダンク」や「バガボンド」の作者、漫画家の井上雄彦氏制作の大作屏風「親鸞」が特別展示されていたため、入ってみることにした。大玄関から入り、閬風亭(ろうふうてい)へ。写真禁止で屏風は載せられないけれど、素晴らしい水墨画で、多くの人物の表情もみごとだった。漫画は見たことがないけれど、凄い才能だと感心した。
8枚目は閬風亭に掲げられている扁額で、「渉成園」の字は徳川慶喜筆。女性の字のようにやさしい。10枚目の扁額は渉成園を作庭したと言われている石川丈山筆。
11枚目は、閬風亭から正面の印月地(いんげつち)を。12枚目、庭に出て見た印月地。











3枚目、臨池亭(りんちてい)。4〜6枚目、楼閣づくりの傍花閣(ぼうかかく)。
7枚目、大玄関。いつもは入れないけれど、ちょうど「スラムダンク」や「バガボンド」の作者、漫画家の井上雄彦氏制作の大作屏風「親鸞」が特別展示されていたため、入ってみることにした。大玄関から入り、閬風亭(ろうふうてい)へ。写真禁止で屏風は載せられないけれど、素晴らしい水墨画で、多くの人物の表情もみごとだった。漫画は見たことがないけれど、凄い才能だと感心した。
8枚目は閬風亭に掲げられている扁額で、「渉成園」の字は徳川慶喜筆。女性の字のようにやさしい。10枚目の扁額は渉成園を作庭したと言われている石川丈山筆。
11枚目は、閬風亭から正面の印月地(いんげつち)を。12枚目、庭に出て見た印月地。











京都府立植物園は、次は温室になるので、翌日の渉成園から先に載せ、また植物園に戻りたい。温室も変化があるとはいえ、季節は一気に変わり、紅葉の話題にもなってきたので、後にさせてもらうことに。
京都最後の日の朝は、京都駅ASTI LOAD1階の星乃珈琲店で、1枚目のモーニングセットのフレンチトーストを。前日も朝はここで。京都の朝はここでいただくことが多い。旅先での朝は少しでいい。それでもこれだけで結構お腹一杯に。ゆで玉子はいつも多すぎると思ってしまう。珈琲もおいしかった。
ホテルに戻って荷物を宅配便で送り、身軽になったあと、近くの渉成園へ。
2〜6枚目、西門(入口)正面から見える渉成園の有名な高石垣。様々な素材の石で組み立てられていてみごと。
7枚目から、印月地(いんげつち)。7〜8枚目に、1本の真っ赤な彼岸花と左手前はほぼ終わりかけれているものの禊萩(ミソハギ)も咲いていた。











京都最後の日の朝は、京都駅ASTI LOAD1階の星乃珈琲店で、1枚目のモーニングセットのフレンチトーストを。前日も朝はここで。京都の朝はここでいただくことが多い。旅先での朝は少しでいい。それでもこれだけで結構お腹一杯に。ゆで玉子はいつも多すぎると思ってしまう。珈琲もおいしかった。
ホテルに戻って荷物を宅配便で送り、身軽になったあと、近くの渉成園へ。
2〜6枚目、西門(入口)正面から見える渉成園の有名な高石垣。様々な素材の石で組み立てられていてみごと。
7枚目から、印月地(いんげつち)。7〜8枚目に、1本の真っ赤な彼岸花と左手前はほぼ終わりかけれているものの禊萩(ミソハギ)も咲いていた。











栗林(りつりん)公園を出て、すぐに屋島(やしま)へ。
1〜2枚目、屋島寺手前の案内板。3〜4枚目、猫ちゃんを見つけてラッキーと思ったけれど、すぐに去ってしまった。
5枚目、東大門。6枚目、蓑山(みのやま)大明神。鳥居の両側の大きな狸が目立つ。狸が蓑笠を着けた老人の姿で現れて弘法大師を案内したことから、御祭神は屋島太三郎狸となっているとか。
7枚目、江戸初期に創建された本堂。8枚目、宝物館から護摩堂と書院。宝物館内は写せないけれど、御本尊の十一面千手観音などの仏像や、源平合戦に関する資料を見ることができる。
9〜10枚目、四天門。11枚目、四天門に安置されている像。12枚目、 仁王門。屋島寺の正式な正門。
13〜14枚目、屋島山頂に向かうときに出会った猫。いい顔をしている。
15〜16枚目、屋島山上から、瀬戸内海の島々や市街地を望むことができるはずが、濃い霧というか低い雲に遮られてこんな感じにしか見えなかった。
17枚目、帰りに瑠璃宝池。別名、血の池。赤い池と思っていたら、普通の池だった。そこの立て札や寺のパンフレットによると、源平合戦のときに義経はじめ源氏の兵が血のついた刀などを洗って、池の水を真っ赤に染めたことからも、そう呼ばれているとか。

















1〜2枚目、屋島寺手前の案内板。3〜4枚目、猫ちゃんを見つけてラッキーと思ったけれど、すぐに去ってしまった。
5枚目、東大門。6枚目、蓑山(みのやま)大明神。鳥居の両側の大きな狸が目立つ。狸が蓑笠を着けた老人の姿で現れて弘法大師を案内したことから、御祭神は屋島太三郎狸となっているとか。
7枚目、江戸初期に創建された本堂。8枚目、宝物館から護摩堂と書院。宝物館内は写せないけれど、御本尊の十一面千手観音などの仏像や、源平合戦に関する資料を見ることができる。
9〜10枚目、四天門。11枚目、四天門に安置されている像。12枚目、 仁王門。屋島寺の正式な正門。
13〜14枚目、屋島山頂に向かうときに出会った猫。いい顔をしている。
15〜16枚目、屋島山上から、瀬戸内海の島々や市街地を望むことができるはずが、濃い霧というか低い雲に遮られてこんな感じにしか見えなかった。
17枚目、帰りに瑠璃宝池。別名、血の池。赤い池と思っていたら、普通の池だった。そこの立て札や寺のパンフレットによると、源平合戦のときに義経はじめ源氏の兵が血のついた刀などを洗って、池の水を真っ赤に染めたことからも、そう呼ばれているとか。

















高松の第一夜が終わり、翌日はホテル近くの高松築港(たかまつちっこう)駅から琴電で栗林(りつりん)公園へ。2枚目はホームから写したもので、高松城の石垣と内堀。この内堀は瀬戸内海とつながっていて、海の魚が泳いでいるのも見えるという驚きのホームだった。ホームにその説明もあり、こんな駅は他にはないのではないかと。
5枚目から栗林公園。前日の夕方に虹が出たので晴れるかと思っていたら、公園に入って蓮池を見ていると、急に雨が降り出し、最近の特徴的な降り方で、すぐに大降りに。傘を差したけれど、酷い雨で、6枚目の商工奨励館に逃げ込み、しばらく雨宿り。30分もしたら小降りになったので散策を続けることに。大雨の後で緑がいっそう美しくなった。
最後の4枚は鬼蓮(オニバス)の葉と美しい花。激しい雨の後で池が濁ったのだろうか。それでもこんなに美しい花が地上に顔を出してくれる。
23万坪もある広大な庭なので、何回かに分けて掲載。





















5枚目から栗林公園。前日の夕方に虹が出たので晴れるかと思っていたら、公園に入って蓮池を見ていると、急に雨が降り出し、最近の特徴的な降り方で、すぐに大降りに。傘を差したけれど、酷い雨で、6枚目の商工奨励館に逃げ込み、しばらく雨宿り。30分もしたら小降りになったので散策を続けることに。大雨の後で緑がいっそう美しくなった。
最後の4枚は鬼蓮(オニバス)の葉と美しい花。激しい雨の後で池が濁ったのだろうか。それでもこんなに美しい花が地上に顔を出してくれる。
23万坪もある広大な庭なので、何回かに分けて掲載。





















金比羅様に詣でて汗まみれでクタクタになった後、高松駅へ。香川は初めてなので、高松駅も初めて。駅の前の広場が広くてきれいで目を見張ったのに、なぜか写真を写していなかった。疲れすぎていたためだろう。
2〜3枚目の駅から見えるホテルに一直線に向かい、チェックインしてすぐに部屋の外を眺めると、4枚目からの景色が眼下に広がった。
4〜6枚目、高松城跡玉藻公園。7枚目は4枚目と似ているけれど、高松港の方を。夕方5時過ぎだったけれど、小豆島行きだろうフェリーが戻ってくるところ。10分もしないで虹が出た。けっこう太い虹で、翌日は晴れるのかなと思った。
部屋からの写真は窓ガラス越しで相当酷いけれど、思い出に載せてみた。











2〜3枚目の駅から見えるホテルに一直線に向かい、チェックインしてすぐに部屋の外を眺めると、4枚目からの景色が眼下に広がった。
4〜6枚目、高松城跡玉藻公園。7枚目は4枚目と似ているけれど、高松港の方を。夕方5時過ぎだったけれど、小豆島行きだろうフェリーが戻ってくるところ。10分もしないで虹が出た。けっこう太い虹で、翌日は晴れるのかなと思った。
部屋からの写真は窓ガラス越しで相当酷いけれど、思い出に載せてみた。











徳島の大歩危(おおぼけ)駅から、1〜2枚目の香川県の琴平駅に移動。
駅から歩いて、3〜4枚目の参道を通って、5〜6枚目の石段の始まり、表参道へ。これから目的の本宮まで石段785段。7〜8枚目、大門。
10枚目、神馬は真っ白でとてもきれいだったけれど、ずっと餌を食んでいて顔を上げてくれなかったのが残念。こんなにきれいな毛並みの馬は初めて。
歳を重ねただけ階段もきつくなり、時々足を止めては頑張り、何とか785段を登り、本宮でお詣りでき、美しい景色も眺めることができた。
京都の伏見稲荷は1000段以上で、何とか頑張ったのは何年前だったか。その時は足も痛くならなかったのに、今回は翌日になってふくらはぎが痛くなり、こんなことは初めてだった。運動不足か、衰えたもの。
ほぼ下ったところには参道の両側に土産店や食べ物屋さん。32度以上あった気温の中、汗びっしょりになり、何年も食べていないかき氷に手を出してしまった。




























駅から歩いて、3〜4枚目の参道を通って、5〜6枚目の石段の始まり、表参道へ。これから目的の本宮まで石段785段。7〜8枚目、大門。
10枚目、神馬は真っ白でとてもきれいだったけれど、ずっと餌を食んでいて顔を上げてくれなかったのが残念。こんなにきれいな毛並みの馬は初めて。
歳を重ねただけ階段もきつくなり、時々足を止めては頑張り、何とか785段を登り、本宮でお詣りでき、美しい景色も眺めることができた。
京都の伏見稲荷は1000段以上で、何とか頑張ったのは何年前だったか。その時は足も痛くならなかったのに、今回は翌日になってふくらはぎが痛くなり、こんなことは初めてだった。運動不足か、衰えたもの。
ほぼ下ったところには参道の両側に土産店や食べ物屋さん。32度以上あった気温の中、汗びっしょりになり、何年も食べていないかき氷に手を出してしまった。




























露天風呂の後は、夕食。食前酒の山桃のワインから始まった会席料理。いつものことながら、写すのは最初だけ。後はすっかり忘れてしまい、おいしい料理を食べ続けるのみ。最後になって、写し忘れていたことに気づく。
夕食後のかずら橋ライトアップツアーにも参加した。7枚目のホテル名物のボンネットバスに乗って行く。1961年のものだったか。古いので揺れる。切り立った谷に落ちるのではないかと、くねくねとした夜道が恐く、途中、目をつぶっていたり。
走行中、「田舎のバスはおんぼろ車〜でこぼこ道をガタゴト走る〜」と懐かしい中村メイコの「田舎のバス」が流されたり、けっこう面白かったりもしたけれど。
ライトアップされているとはいえ、かずら橋はそれほど明るくはなく、だからいいのかもしれない。その近くの枇杷(びわ)の滝もライトアップされていたので見学。写真はご覧の通り、酷いものになった。プロはいいカメラと腕でみごとに撮るのだろう。









夕食後のかずら橋ライトアップツアーにも参加した。7枚目のホテル名物のボンネットバスに乗って行く。1961年のものだったか。古いので揺れる。切り立った谷に落ちるのではないかと、くねくねとした夜道が恐く、途中、目をつぶっていたり。
走行中、「田舎のバスはおんぼろ車〜でこぼこ道をガタゴト走る〜」と懐かしい中村メイコの「田舎のバス」が流されたり、けっこう面白かったりもしたけれど。
ライトアップされているとはいえ、かずら橋はそれほど明るくはなく、だからいいのかもしれない。その近くの枇杷(びわ)の滝もライトアップされていたので見学。写真はご覧の通り、酷いものになった。プロはいいカメラと腕でみごとに撮るのだろう。









1〜2枚目、楽しみにしていたひとつのかずら橋近くに到着。
3〜7枚目、1枚目の橋から眺めた祖谷川に架かるかずら橋。
かずら橋は渡れるけれど、いちおう一方通行になっていて、8枚目からは出口。
かずら橋は国の重要有形民俗文化財に指定されている。 冬の山野で採取された白口蔓(シラクチカズラ)を編み連ねて作られていて、長さ45m、幅2m、谷底から14m、重さ約6トンというから凄い。昔は深山渓谷地帯の唯一の交通施設だったらしい。揺れるし、橋床の隙間から谷底が見えるので、私には絶対に渡れない。渡っている人たちには感心したが、自己責任とはいえ、過去に転落死事故も起こっているので危ない。安全のために3年毎に架替えが行われるし、今は目立たないようにワイヤーも使われている。
ここで使われている白口蔓は20〜30年ものの太いかずらで、なかなか収集も難しくなっているらしい。













3〜7枚目、1枚目の橋から眺めた祖谷川に架かるかずら橋。
かずら橋は渡れるけれど、いちおう一方通行になっていて、8枚目からは出口。
かずら橋は国の重要有形民俗文化財に指定されている。 冬の山野で採取された白口蔓(シラクチカズラ)を編み連ねて作られていて、長さ45m、幅2m、谷底から14m、重さ約6トンというから凄い。昔は深山渓谷地帯の唯一の交通施設だったらしい。揺れるし、橋床の隙間から谷底が見えるので、私には絶対に渡れない。渡っている人たちには感心したが、自己責任とはいえ、過去に転落死事故も起こっているので危ない。安全のために3年毎に架替えが行われるし、今は目立たないようにワイヤーも使われている。
ここで使われている白口蔓は20〜30年ものの太いかずらで、なかなか収集も難しくなっているらしい。













台風25号、大雨で死者や被害が出ているけれど、ここは静かで風はまったく感じなかった。二重窓にしているし、巻き返しの北風なら音もしなかったのかもしれない。北の棟が風受けになったのだろうか。今は晴れ。日が出ている。
1〜2枚目、昨日に続き、小歩危(こぼけ)展望台からの眺め。
3〜4枚目、そこで仙人草(センニンソウ)。
5〜8枚目、祖谷渓の「ひの字渓谷」。蛇行する祖谷川がひらがなの「ひ」の字に見えるところ。
9枚目から、テレビや写真で何度か見て、いったいどんな絶壁に立っているのだろうと、ずっと見たかった小便小僧。ひの字渓谷を見下ろせるところに立っていて、谷底まで200メートルくらいとタクシーの運転手さんが言っていた。以前は度胸試しもしていたらしく、安全のためにここにこの像を立てたとか。よくこんなところで度胸試しができたものだと唖然とした。落ちたら命はないだろう。














1〜2枚目、昨日に続き、小歩危(こぼけ)展望台からの眺め。
3〜4枚目、そこで仙人草(センニンソウ)。
5〜8枚目、祖谷渓の「ひの字渓谷」。蛇行する祖谷川がひらがなの「ひ」の字に見えるところ。
9枚目から、テレビや写真で何度か見て、いったいどんな絶壁に立っているのだろうと、ずっと見たかった小便小僧。ひの字渓谷を見下ろせるところに立っていて、谷底まで200メートルくらいとタクシーの運転手さんが言っていた。以前は度胸試しもしていたらしく、安全のためにここにこの像を立てたとか。よくこんなところで度胸試しができたものだと唖然とした。落ちたら命はないだろう。














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