1〜4枚目の薔薇のあと、5〜10枚目も薔薇だけれど、最初はどうして薔薇の葉に実が生っているのだろうと不思議だった。花の後の実ならわかるけれど、薔薇の葉についているのは初めて見るものだった。
調べていたら、これは実ではなく、中に虫が入っている虫瘤(むしこぶ)ではないかと。
どうも、薔薇葉玉蜂(バラハタマバチ)という小さな蜂が、 薔薇の葉や若い実に作った虫瘤のよう。 黄色や赤色の丸い虫瘤で突起があるとのことで、ほぼ間違いないという思いに至った。この虫瘤は6〜7月に葉から落ちて、虫瘤の中で幼虫で越冬し、 春に成虫が出てくるとか。
寄生によって、 植物の一部が異常な細胞分裂をおこして瘤になったり、 いろいろな形に変化したものは、ゴールとも言われるとか。虫瘤は、 虫にとって 住まいであり食事場所。
これはほぼ虫瘤に間違いないだろうけれど、棘まであり、植物の一部にしか見えない。自然界には不思議なものだらけ。虫瘤は気持ちの悪い形のものが多いけれど、これには感心してしまった。ただ、虫の住処とわかると、あまり近づきたくはないけれど。
11枚目から、梅雨に入り、紫陽花が元気。













調べていたら、これは実ではなく、中に虫が入っている虫瘤(むしこぶ)ではないかと。
どうも、薔薇葉玉蜂(バラハタマバチ)という小さな蜂が、 薔薇の葉や若い実に作った虫瘤のよう。 黄色や赤色の丸い虫瘤で突起があるとのことで、ほぼ間違いないという思いに至った。この虫瘤は6〜7月に葉から落ちて、虫瘤の中で幼虫で越冬し、 春に成虫が出てくるとか。
寄生によって、 植物の一部が異常な細胞分裂をおこして瘤になったり、 いろいろな形に変化したものは、ゴールとも言われるとか。虫瘤は、 虫にとって 住まいであり食事場所。
これはほぼ虫瘤に間違いないだろうけれど、棘まであり、植物の一部にしか見えない。自然界には不思議なものだらけ。虫瘤は気持ちの悪い形のものが多いけれど、これには感心してしまった。ただ、虫の住処とわかると、あまり近づきたくはないけれど。
11枚目から、梅雨に入り、紫陽花が元気。














長岡天満宮から30分以上歩いて光明寺に着いた。
1〜2枚目、総門。
3〜4枚目、石段が続く表参道。
5〜8枚目、御影堂。1枚目の札に書いてあるように、ちょうど大授戒会のときで、御影堂の中には信徒さんたちがいっぱいで、中には入れなかった。
9枚目の御影堂左手の石段を下りると、10〜11枚目、その先に見えていた釈迦堂に。
12枚目、信楽庭で、建物のガラス窓に映る緑の木々もきれいだった。
13〜16枚目、もみじ参道と薬医門。この参道はみごとで、紅葉のときはどんなに素晴らしいだろうと思ってしまった。そんななかに17枚目のような紅い葉も見られ、際立っていた。
暑い中で歩き疲れた。前日は奥嵯峨を歩きまわっていたし、早々に長岡京駅から京都に戻ってゆっくりした。
長岡京は旅行2日目だったけれど、載せるのが最後になってしまった。
4日間で訪ねた寺社などは20カ所近くで、やっと京都の旅を載せ終えた。5月中旬、緑に癒されたいい旅だった。

















1〜2枚目、総門。
3〜4枚目、石段が続く表参道。
5〜8枚目、御影堂。1枚目の札に書いてあるように、ちょうど大授戒会のときで、御影堂の中には信徒さんたちがいっぱいで、中には入れなかった。
9枚目の御影堂左手の石段を下りると、10〜11枚目、その先に見えていた釈迦堂に。
12枚目、信楽庭で、建物のガラス窓に映る緑の木々もきれいだった。
13〜16枚目、もみじ参道と薬医門。この参道はみごとで、紅葉のときはどんなに素晴らしいだろうと思ってしまった。そんななかに17枚目のような紅い葉も見られ、際立っていた。
暑い中で歩き疲れた。前日は奥嵯峨を歩きまわっていたし、早々に長岡京駅から京都に戻ってゆっくりした。
長岡京は旅行2日目だったけれど、載せるのが最後になってしまった。
4日間で訪ねた寺社などは20カ所近くで、やっと京都の旅を載せ終えた。5月中旬、緑に癒されたいい旅だった。


















また京都に戻って、2日目は長岡京駅から歩いて長岡天満宮へ向かった。今回は順に載せておらず、2日目の掲載が最後になった。
1枚目の総御影石製の大鳥居は、高さ9.75メートル、総重量50トンとか。
3枚目の社殿でお詣りして、プログには載せていないけれど錦景苑で緑を楽しみ、4枚目の天満宮手前の水生植物も楽しめる八条ケ池で、檜で作られた水上橋を歩いた。
5〜6枚目、水上橋から六角舎。
9〜10枚目、栴檀(センダン)は花の盛りで、大木にいっぱいに咲いていた花には溜息が出た。
11〜12枚目、扉(トベラ)の生け垣が白い花で満開だった。
13枚目から、菖蒲などはちょっと過ぎつつあったけれど、睡蓮は元気で、蓮はこれから。














1枚目の総御影石製の大鳥居は、高さ9.75メートル、総重量50トンとか。
3枚目の社殿でお詣りして、プログには載せていないけれど錦景苑で緑を楽しみ、4枚目の天満宮手前の水生植物も楽しめる八条ケ池で、檜で作られた水上橋を歩いた。
5〜6枚目、水上橋から六角舎。
9〜10枚目、栴檀(センダン)は花の盛りで、大木にいっぱいに咲いていた花には溜息が出た。
11〜12枚目、扉(トベラ)の生け垣が白い花で満開だった。
13枚目から、菖蒲などはちょっと過ぎつつあったけれど、睡蓮は元気で、蓮はこれから。















天授庵は昨日載せた枯山水庭園と、今日の池泉回遊式庭園がある。
東庭よりも古く、天授庵の創建(鎌倉時代末期〜南北朝時代)に作庭されたもの。
今の時季は何とも緑が美しく、睡蓮も池に浮かび、この季節に来られてよかったと思ったけれど、秋は枯山水の庭も、こちらの庭も、真っ赤に染まってみごと。
京都に限らず、気に入ったところは、春夏秋冬と訪れて、景色のちがいを目にするのがいちばんの贅沢かもしれない。
最後は天授庵を出て蹴上駅へ向かうときに目にすることができる、蹴上げインクライン。琵琶湖疏水上流の蹴上船溜と下流の南禅寺船溜を結んだ600メートル近い傾斜鉄道。1948年に役割を終えて、今、この廃線跡は京都市の文化財になっている。春は線路の両側の桜がみごとなところ。












東庭よりも古く、天授庵の創建(鎌倉時代末期〜南北朝時代)に作庭されたもの。
今の時季は何とも緑が美しく、睡蓮も池に浮かび、この季節に来られてよかったと思ったけれど、秋は枯山水の庭も、こちらの庭も、真っ赤に染まってみごと。
京都に限らず、気に入ったところは、春夏秋冬と訪れて、景色のちがいを目にするのがいちばんの贅沢かもしれない。
最後は天授庵を出て蹴上駅へ向かうときに目にすることができる、蹴上げインクライン。琵琶湖疏水上流の蹴上船溜と下流の南禅寺船溜を結んだ600メートル近い傾斜鉄道。1948年に役割を終えて、今、この廃線跡は京都市の文化財になっている。春は線路の両側の桜がみごとなところ。













ここはよくサスペンスの撮影で使われるので、テレビにたびたび出てくるところ。初めて訪れたときは、感慨深かった。それから何度も訪れている。
南禅寺を横切る水路橋は、レンガ、花崗岩造りのアーチ型の93メートルの橋脚。明治時代の1890年に完成した琵琶湖疏水の一部で、何とも美しい。この琵琶湖疏水の施設は国宝に指定されることになった。
7枚目をくぐって8枚目の階段を上ると、正面に南禅院があるけれど、屋根葺き替えのため、当面の間、拝観休止とのことで残念だった。今もいいけれど、紅葉の時期もとてもきれい。
そこは南禅寺発祥の地とされる亀山天皇の離宮跡に建っている。鎌倉時代後期の池泉回遊式庭園。方丈の西は苔の庭、南には曹源池が広がっている。次に訪ねるときは葺き替えが終わっているといいけれど。







南禅寺を横切る水路橋は、レンガ、花崗岩造りのアーチ型の93メートルの橋脚。明治時代の1890年に完成した琵琶湖疏水の一部で、何とも美しい。この琵琶湖疏水の施設は国宝に指定されることになった。
7枚目をくぐって8枚目の階段を上ると、正面に南禅院があるけれど、屋根葺き替えのため、当面の間、拝観休止とのことで残念だった。今もいいけれど、紅葉の時期もとてもきれい。
そこは南禅寺発祥の地とされる亀山天皇の離宮跡に建っている。鎌倉時代後期の池泉回遊式庭園。方丈の西は苔の庭、南には曹源池が広がっている。次に訪ねるときは葺き替えが終わっているといいけれど。








4日目の帰りの日は南禅寺にした。まずは南禅寺塔頭の金地院へ。
2枚目、弁天池には睡蓮が咲き始めていた。
3枚目の鳥居をくぐって4〜5枚目、東照宮。6枚目、開山堂。
7枚目、開山道近くより方丈。
8枚目から、方丈より、鶴亀の庭園。特別名勝だけあって素晴らしかった。みどりの季節で、いちだんと落ち着きがあったのかもしれない。
このあと、別料金を払って方丈を説明して戴きながら見学。楽しみにしていたのは長谷川等伯の襖絵、「猿猴捉月図」と「老松図」。方丈の中は撮影できないので、しっかりと眺めてきた。
他に狩野探幽の襖絵なども拝見できる。
小堀遠州作の重文、八窓席は京都三名席のひとつとして有名らしく、素人の私でも感心してしまう造りで、おおいに満足できた。













2枚目、弁天池には睡蓮が咲き始めていた。
3枚目の鳥居をくぐって4〜5枚目、東照宮。6枚目、開山堂。
7枚目、開山道近くより方丈。
8枚目から、方丈より、鶴亀の庭園。特別名勝だけあって素晴らしかった。みどりの季節で、いちだんと落ち着きがあったのかもしれない。
このあと、別料金を払って方丈を説明して戴きながら見学。楽しみにしていたのは長谷川等伯の襖絵、「猿猴捉月図」と「老松図」。方丈の中は撮影できないので、しっかりと眺めてきた。
他に狩野探幽の襖絵なども拝見できる。
小堀遠州作の重文、八窓席は京都三名席のひとつとして有名らしく、素人の私でも感心してしまう造りで、おおいに満足できた。














蓮花寺から実相院門跡へ。距離があり、タクシーを呼んで移動。
800年ほどの歴史を持つ格式の高い門跡寺院。以前から訪ねたかったところ。
1〜3枚目、大宮御所から移築された四脚門。
4枚目は、ここで求めた春、秋、冬の3枚セットの絵葉書。磨き抜かれた床に、今は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色が映り、みごとな「床みどり」「床もみじ」「床銀華(雪化床とも)」となる。室内では写真禁止なので、残念ながら絵葉書を載せることに。この絵葉書同様の、みごとな床みどりを拝見できた。
雪の日の白い景色は何と言うのだろうと思って調べてみると、床銀華(ゆかぎんか)、または雪化床(ゆきげしょう)とわかったもの。秋は特に人が多いだろうけれど、冬は少ない気がする。それでも、雪が積もった日に行くには、前もって計画は立てられない。いつか眺めることができるだろうか。
「床もみじ」と言うようになったのは、この実相院からでは。
5枚目、客殿と書院の間にある山水庭園。
6枚目、「こころのお庭」の一部。2013年から2年にわたって作庭された石庭で、東日本大震災で被災された人たちへの追悼の気持ちがこめられているとか。波や山を日本の国土に見立てているとか。この庭の一部しか写せなかったのは、庭の木の伐採中で、7〜8枚目のように大がかりで、庭に機械が入っていたりしたため。凄い作業だなと眺めていた。相当高いところまで釣り上げられての伐採作業。
*****
9枚目からは、実相院から近いので、次に訪ねた岩倉具視幽棲旧宅。
京都から追放されてひそかに3年間暮らしたところ。説明して下さった人が丁寧だった。








*****





800年ほどの歴史を持つ格式の高い門跡寺院。以前から訪ねたかったところ。
1〜3枚目、大宮御所から移築された四脚門。
4枚目は、ここで求めた春、秋、冬の3枚セットの絵葉書。磨き抜かれた床に、今は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色が映り、みごとな「床みどり」「床もみじ」「床銀華(雪化床とも)」となる。室内では写真禁止なので、残念ながら絵葉書を載せることに。この絵葉書同様の、みごとな床みどりを拝見できた。
雪の日の白い景色は何と言うのだろうと思って調べてみると、床銀華(ゆかぎんか)、または雪化床(ゆきげしょう)とわかったもの。秋は特に人が多いだろうけれど、冬は少ない気がする。それでも、雪が積もった日に行くには、前もって計画は立てられない。いつか眺めることができるだろうか。
「床もみじ」と言うようになったのは、この実相院からでは。
5枚目、客殿と書院の間にある山水庭園。
6枚目、「こころのお庭」の一部。2013年から2年にわたって作庭された石庭で、東日本大震災で被災された人たちへの追悼の気持ちがこめられているとか。波や山を日本の国土に見立てているとか。この庭の一部しか写せなかったのは、庭の木の伐採中で、7〜8枚目のように大がかりで、庭に機械が入っていたりしたため。凄い作業だなと眺めていた。相当高いところまで釣り上げられての伐採作業。
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9枚目からは、実相院から近いので、次に訪ねた岩倉具視幽棲旧宅。
京都から追放されてひそかに3年間暮らしたところ。説明して下さった人が丁寧だった。








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瑠璃光院は室内の床に外の紅葉が写る「床(ゆか)もみじ」が有名で、1昨年だったか、比叡山に行く途中、足を延ばしたけれど、あまりの人気に、予約している人のみとのことで、また叡山電鉄の八瀬比叡山口まで引き返して比叡山を目指したことがあった。
瑠璃光院に入るのは始めて。今回は予約なしでよかった。緑の季節で「床みどり」を求めて拝観する人達が大勢訪れていた。ここも外人さん達が多かった。
1枚目、ピンク色の花は躑躅(ツツジ)。
5〜7枚目、書院の2階の座卓に映った庭の緑が素晴らしかった。
8〜9枚目、瑠璃石。この石の中に、まるで龍が天に登っているかのような黄金の線があり、昇龍紋と呼ばれていて吉兆の明石とされているという説明文があった。
10枚目から1階の庭と床もみじ。













瑠璃光院に入るのは始めて。今回は予約なしでよかった。緑の季節で「床みどり」を求めて拝観する人達が大勢訪れていた。ここも外人さん達が多かった。
1枚目、ピンク色の花は躑躅(ツツジ)。
5〜7枚目、書院の2階の座卓に映った庭の緑が素晴らしかった。
8〜9枚目、瑠璃石。この石の中に、まるで龍が天に登っているかのような黄金の線があり、昇龍紋と呼ばれていて吉兆の明石とされているという説明文があった。
10枚目から1階の庭と床もみじ。














大河内山荘庭園を出て竹林を歩き、天龍寺に出るけれど、通り過ぎるつもりだった。ところが1〜2枚目のように、今咲いている花の写真が出ていて、こうなると、エサに食いついて釣られた魚状態。すぐに入ることに。何度も訪ねているところなので、今回は花に満足。
北門からなので、3枚目の竹林の方からになる。
4〜7枚目、夏蝋梅(ナツロウバイ)。8枚目、黒花蝋梅。
9〜11枚目、初めて目にした蝋梅。調べてみたら、カリカンサス・ホワイトドレスという名前のよう。北米の黒花蝋梅と中国の夏蝋梅の交配種でアメリカでつくられた品種らしい。
12枚目、小紫陽花(コアジサイ)。13〜14枚目の額紫陽花(ガクアジサイ)も咲き始めていた頃。
15〜16枚目、箱根空木(ハコネウツギ)。
17〜19枚目、カルミアも咲いていて、好きな花なので嬉しかった。鎌倉の東慶寺のカルミアは数年前に切られてしまった。
最後は芍薬(シャクヤク)。散っているのかと思ったけれど、どうもこういう形態のよう。



















北門からなので、3枚目の竹林の方からになる。
4〜7枚目、夏蝋梅(ナツロウバイ)。8枚目、黒花蝋梅。
9〜11枚目、初めて目にした蝋梅。調べてみたら、カリカンサス・ホワイトドレスという名前のよう。北米の黒花蝋梅と中国の夏蝋梅の交配種でアメリカでつくられた品種らしい。
12枚目、小紫陽花(コアジサイ)。13〜14枚目の額紫陽花(ガクアジサイ)も咲き始めていた頃。
15〜16枚目、箱根空木(ハコネウツギ)。
17〜19枚目、カルミアも咲いていて、好きな花なので嬉しかった。鎌倉の東慶寺のカルミアは数年前に切られてしまった。
最後は芍薬(シャクヤク)。散っているのかと思ったけれど、どうもこういう形態のよう。




















常寂光寺を出ると、次は大河内傳次郎が30年の歳月をかけて創り上げた大河内山荘庭園へ。6000坪もあり、ゆっくり歩くにはいい。1〜4枚目の竹林のあたりに入口が。竹林も外人さんだらけ。
5枚目、山門を入って中門の手前。6枚目、中門。
7〜8枚目、持仏堂と枯山水の庭。
9〜10枚目、高台から見える大悲閣(千光寺)。角倉了以(すみのくらりょうい)が、大堰川の開削工事で亡くなった人々の菩提を弔う為に建立した禅宗の寺。ここには行きたいと思いながら、まだ足を運んでいない。歩けるうちに行かなければ。
11枚目、緑がいっぱい。12枚目、面白い羊歯(シダ)を見つけた。
13〜14枚目、ここから比叡山も見える。この写真では、中心よりやや左、奥の山のいちばん高いところ。
広大な庭園なので楽しめる。今回、載せた写真は少ないけれど。













5枚目、山門を入って中門の手前。6枚目、中門。
7〜8枚目、持仏堂と枯山水の庭。
9〜10枚目、高台から見える大悲閣(千光寺)。角倉了以(すみのくらりょうい)が、大堰川の開削工事で亡くなった人々の菩提を弔う為に建立した禅宗の寺。ここには行きたいと思いながら、まだ足を運んでいない。歩けるうちに行かなければ。
11枚目、緑がいっぱい。12枚目、面白い羊歯(シダ)を見つけた。
13〜14枚目、ここから比叡山も見える。この写真では、中心よりやや左、奥の山のいちばん高いところ。
広大な庭園なので楽しめる。今回、載せた写真は少ないけれど。














祇王寺のあとは二尊院。
1枚目、総門。2枚目、総門を入った左手に、淡いピンクの木斛(モッコク)。
3〜6枚目、数百メートル、総門からまっすぐに伸びた新緑の紅葉の馬場。紅葉の時期はモミジで赤く染まるけれど、今の時期は清々しい。運よく人のいない紅葉の馬場を写せてラッキーだった。
9〜11枚目、勅使門(唐門)の緑もよく映える。
12枚目、勅使門の奥の本堂。
13枚目、勅使門をくぐると、本堂前の庭園。そこに写っている木の橘(タチバナ)の実と花が14枚目。
15枚目、本堂左手の庭。16枚目、その先の廊下。本堂裏手になる。
17〜18枚目、本堂裏手の廊下から、お地蔵様と弁天堂。
19枚目、本堂を出て弁天堂を。20枚目、本堂と弁天堂の間に躑躅(ツツジ)の花手水。
最後は弁天堂脇の湛空廟(たんくうびょう)への階段。




















1枚目、総門。2枚目、総門を入った左手に、淡いピンクの木斛(モッコク)。
3〜6枚目、数百メートル、総門からまっすぐに伸びた新緑の紅葉の馬場。紅葉の時期はモミジで赤く染まるけれど、今の時期は清々しい。運よく人のいない紅葉の馬場を写せてラッキーだった。
9〜11枚目、勅使門(唐門)の緑もよく映える。
12枚目、勅使門の奥の本堂。
13枚目、勅使門をくぐると、本堂前の庭園。そこに写っている木の橘(タチバナ)の実と花が14枚目。
15枚目、本堂左手の庭。16枚目、その先の廊下。本堂裏手になる。
17〜18枚目、本堂裏手の廊下から、お地蔵様と弁天堂。
19枚目、本堂を出て弁天堂を。20枚目、本堂と弁天堂の間に躑躅(ツツジ)の花手水。
最後は弁天堂脇の湛空廟(たんくうびょう)への階段。





















昨日、気になっていた横浜イングリッシュガーデンの紫陽花を見に行ったので、京都はまた明日から。
1〜2枚目はマンションの紫陽花。京都に行く前は咲いていなかったので驚いた。
3〜4枚目、ガーデンにはまだきれいな薔薇も咲いているけれど、だいぶ盛りを過ぎてきた。
京都に行きもあり、ガーデンは2週間ぶりになってしまった。
5枚目から、半月前には咲いていなかった紫陽花がたくさん咲いていて、予想はしていたもののびっくり。紫陽花に限らず、花の咲くスピードについていけなくなっている。
紫陽花はこれから色づいてくるので今は少々早いけれど、薔薇のように一気に色鮮やかになるだろう。
12枚目までは地植えだけれど、最後の2枚は薔薇のアーチの下に飾られている鉢植え。













1〜2枚目はマンションの紫陽花。京都に行く前は咲いていなかったので驚いた。
3〜4枚目、ガーデンにはまだきれいな薔薇も咲いているけれど、だいぶ盛りを過ぎてきた。
京都に行きもあり、ガーデンは2週間ぶりになってしまった。
5枚目から、半月前には咲いていなかった紫陽花がたくさん咲いていて、予想はしていたもののびっくり。紫陽花に限らず、花の咲くスピードについていけなくなっている。
紫陽花はこれから色づいてくるので今は少々早いけれど、薔薇のように一気に色鮮やかになるだろう。
12枚目までは地植えだけれど、最後の2枚は薔薇のアーチの下に飾られている鉢植え。














旅行の後の手紙書きも、やっと昨日の夜で一段落。まだ何となくゆとりがなく、簡単に。
京都に着いたのは10時半頃。すぐに嵐山に向かった。
嵐山に着くと、まずはタクシーで愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)へ。奥嵯峨を歩きながら嵐山の駅に戻るので、行きはタクシーが時間ロスの軽減になる。
この日、愛宕念仏寺、あだし野念仏寺、祇王寺、二尊院、常寂光寺、大河内山荘庭園、天龍寺をまわって24000歩ほど。緑の宝厳院(ほうごんいん)にも行きたかったけれど、時間切れになりそうで、門前まで行って引き返した。
30度の暑さの中、持参の飲み物だけで歩き、夕方、ホテルへ。
愛宕念仏寺に外国人客が多くなったと聞いていたけれど、日本人は私と、もうひとり、それらしき人がいただけで、50人以上、何人いたかわからない大勢の人は世界中からのよう。
10年前どころか、5年前は静かだったのに、すっかり様変わり。
ここは雪景色もいい。
人が多くても、やはり訪れたいところ。



















京都に着いたのは10時半頃。すぐに嵐山に向かった。
嵐山に着くと、まずはタクシーで愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)へ。奥嵯峨を歩きながら嵐山の駅に戻るので、行きはタクシーが時間ロスの軽減になる。
この日、愛宕念仏寺、あだし野念仏寺、祇王寺、二尊院、常寂光寺、大河内山荘庭園、天龍寺をまわって24000歩ほど。緑の宝厳院(ほうごんいん)にも行きたかったけれど、時間切れになりそうで、門前まで行って引き返した。
30度の暑さの中、持参の飲み物だけで歩き、夕方、ホテルへ。
愛宕念仏寺に外国人客が多くなったと聞いていたけれど、日本人は私と、もうひとり、それらしき人がいただけで、50人以上、何人いたかわからない大勢の人は世界中からのよう。
10年前どころか、5年前は静かだったのに、すっかり様変わり。
ここは雪景色もいい。
人が多くても、やはり訪れたいところ。




















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